80◆空を舞うリュード◆
俺の前に並び立つ3大辺境伯。魔物が頻繁に襲い来る辺境を束ねる長だけあって全員強いのだが、3人揃うと、立ちのぼる強者のオーラで一帯を圧倒していた。俺は少し気圧されつつも、頭を下げた。最初に口を開いたのは北辺境伯だった。
「リュードよ、貴公の作ってくれた大迷路『ホワイトラビリンス』、相変わらず子ども達に人気だぞ。それでだ。私がこちらに出る前に、責任者からの提案があってな、ちょうど今頃、平民向けの迷宮『ブラックファントム』を作っておる」
「なんですか、それ!か、かっこいい!見たいです!」
迷路の責任者にした執事補佐の人は、迷路企画の達人となって、新しい迷路の立案までしたようだ。しかも『ブラックファントム』ということは、おそらく壁面を黒くして、いろんな仕掛けを施しているのだろう。教えた人間が育つのも嬉しければ、その考えた中身も知りたい。
「おう、見に来てくれ。スカイランタン祭りもすごかったぞ。貴公を招待しようにも、どこに招待状を出せばよいかわからん。一応エルソン男爵にも送っておいたのだが。そもそも貴公、居場所を…」
「北の、それくらいにしておけ」
「むぅ…。まぁいい、貴公まだここにいるのだろう?後で食事でもとろう。話したいことも山と積もっておる」
クマを押しのけるようにして、宝塚な雰囲気の西辺境伯がずいと前に出てくる。
「リュード、そなたに改めて礼を言うぞ。カタリナのドレス、大成功じゃった。フフッ、西の威厳は示せた、大満足だ」
「よかったです、エリザリス西辺境伯閣下」
「貴族どもにな、そなたの紙芝居を話したら、皆が興味津々だ。改めて其方に依頼が行くだろう」
「あ…ありがとうございます」
正直嬉しくない。光るドレスで得た経験を活かして、俺は次のおもちゃの試作に取り掛かりたいのだ。だからこの披露宴が終わったら、後は宿に引きこもる予定だったのだ。
最後は渋くて強い、略して渋強おじさんだ。
「お初にお目にかかります。冒険者パーティ『スタープレイヤーズ』リーダーのリュードと申します」
「ユリーズ東辺境伯、ガレド・ユリーズだ。ようやく会えたな」
「はい、よろしくお願いいたします」
「レイレよ、1年ぶりか。元気か?」
「はい、叔父様も変わらず壮健そうで何よりです!」
ユリーズ東辺境伯は白い歯を光らせてニカリと笑う。そして俺とレイレの衣装を見てから俺を睨んだ。
「いい夫婦になれるかもなと、確かに私は言った。己の目で見た有能な人材であれば、実際にレイレとそうなっても構わんとも思っていた。…だが、実際目にすると、どうだ。このこみ上げてくる怒りは」
ユリーズ東辺境伯の目が怖い。後ずさりしたくなるのを我慢して、俺は正面からその目をただ見返す。
「叔父様、リュードは強いの。私負けたわ」
「ほう、レイレがか?」
「叔父様にも、リュードを紹介しようと思っていたの。でもお知り合いだったのね。驚きました」
「おい、どんな手を使ってレイレとの勝負に勝った。よもや卑怯な真似はしていないだろうな?」
「正面から私の全てを懸けて勝負しました」
「あんなに多くの手業を使ってきたのはリュードが初めてでした。傷を受けたのも久しぶりです。自分が慢心していたことにも気づかせてもらえました」
レイレが俺のフォローをしてくれた。…ちょっと待って欲しい、ユリーズ東辺境伯の額にものすごい青筋が浮かんでいるんだけど。レイレは勘の塊みたいな人だが、その勘は本人に対する危機は予測しても、俺には適応されないらしい。
「…傷だと?貴様、私の姪に傷を負わせたのか!?」
何と答えればいいのか俺は言葉に詰まった。かといって黙るのも駄目だ。俺はこういう時に気の利いた返しができない。だから俺は咄嗟に、ド正直に答えた。
「はい」
「こ、この!くそ野郎がぁーーーっ!!」
ユリーズ東辺境伯の鉄みたいな拳を顎に受け、俺は宙を舞った。
◇
理不尽だ。今回は俺は悪くない。俺は天井を見ながら、口をへの字にしていた。気持ちはわからんでもないが、本当に殴るか?2メートルは飛んだぞ、俺。ハイマンがすぐ治療をしてくれたが、顎がまだずれているような感覚がある。ベッドの隣ではレイレが梨みたいな果物を剥いてくれている。
「すみません…、叔父様は私のことになると、時々頭に血がのぼるというか…しっかりと叱っておきましたので、後ほど謝りにくると思うので、あの…できれば許してあげて欲しいというか…すみません…」
レイレが申し訳なさそうに頭を下げる。俺はあまり怒りとか恨みを持ち続けることができない性質なので、もう怒ってはいない。ただ、殴られ損で悔しい。なので言葉に出してみる。
「レイレが悪い訳ではないから。怒ってはいないんだけど、なんかこう、殴られ損で、これで許してもスッキリしないというか…」
「ですよね…」
レイレも顔を曇らせる。そんな顔をさせ続けたくなくて、俺は話題を少し変えてみる。
「そういえば、レイレはユリーズ東辺境伯の姪でいいのかな?」
「あ、そうですね、きちんと説明していなかったですね。私の亡くなった父は、ガレド叔父様の弟になります。」
「あぁ、それでユリーズ東辺境伯に“連なる”姫という言い方だったんだね」
「はい、私が7歳のときに、流行り病で父が亡くなってしまい、私はずっと塞ぎこんでいました。叔父様やお母さまが、そんな私の気を紛らわせようと、いろいろと勧めてくれたのですが、そのときから、ずっとはまりこんでいるのが剣術です」
「双剣もその頃から?」
「最初は1本だったのですが、早い頃から双剣にしていました。2本の方が状況により対応でき、制していけるからです」
「なるほどね。王宮で近衛騎士団長と戦ったことがあるけど、確かに双剣って、場を制していく感じがあるね」
「まぁ!リュードは近衛騎士団長とも戦ったことがあるのですか!?双剣使いとして一度お会いしたいと思っているのです。どんな人なのでしょう?リュードは勝ちましたか!?」
「いや、ボロ負け。近衛騎士団長は、剛腕の双剣だったね。嵐のような激しい攻め。そしてレイレの双剣は、途切れることのない流水の双剣。俺的に、どっちが怖いと聞かれたらレイレの方かな」
「リュードは…本当にすごいですね。あなたから話を聞くたびに驚いてしまいます」
「正直、望んでないのに、やらざるを得ないことになってるのが、ほとんどなんだけど」
「そうなのですね。フフッ。大変ですね、リュードは」
「そうなんだ。大変なんだ。だからレイレが助けてくれると嬉しいな」
「わかりました。まかせてください!」
俺達は笑いあった。
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