78◆南の都カプラードとデート◆
オウガの血と煤と肉片にまみれた俺達は、疲れた体を引きずり町に戻った。
はじめにモンロイ子爵の屋敷の庭で火を焚いてもらい、水を浴びて汚れを落とし、武器や防具を洗っていく。これらの装備は、血などがついたまま放置すると痛むのが早くなる。季節は冬近くで、時々ピュウと吹く風が、益々俺達の心を落としていく。
その後風呂を用意してもらって、何度も何度も何度も、髪や体を洗った。それでもまだ自分から生臭い臭いが出ているような気がして気分は落ち込んだままだ。これで素材が取れたならまだしも、全ては爆散して文字通り霧と消えてしまった。その事実が俺の心に追い打ちをかける。
とはいえ、いつまでも落ち込んでいてもしょうがないので気持ちを切り替える。俺は思いっきり大きなため息を吐くと、食堂に向かった。食堂では感涙にむせび泣くモンロイ子爵にもてなされ、エリザリス西辺境伯やカタリナ姫から労いの言葉と相当な額の追加報酬の話ももらった。他の誰かから聞いていたようで、エリザリス西辺境伯からは、以前に獲れた大きな魔石をもらえることになり、ようやく俺の機嫌は回復した。
ミュカはその後丸1日眠り続けた後、目を覚ました。レイレとクロナ、子爵のメイドがが寝てる間にきれいにしてくれていたが、改めて入浴をし食事も済ませたところで、『スタープレイヤーズ』で集まって話をした。ミュカにオウガを倒したこと、そのときの圧縮火球の威力を説明したら、ミュカは顔を青くする。
「リュードさん…、できれば威力を教えてほしかったです。なんなんですか、その威力…」
「いや、俺もわかんなかったんだよ。『たくさん』の人が、火属性で圧縮しまくった結果があんなにすごいとは…」
「もっと威力を制御できるようにならないと、怖すぎて使えないです…」
「そうだね…。素材が残るようにしたいしね……」
ミュカ、そして俺達のためにエリザリス西辺境伯は、出発の予定を2日間を延ばしてくれた。その間、俺達は休息をとるのと同時に、今回のオウガ戦の反省点や改善点を話し合い、屋敷の裏庭を借りて、連携の確認したりして過ごした。
◇
その後、俺達は街道を再び南へと向かって進んだ。順調に旅は続き、冬の1日、俺達は南の街カプラードに着いた。
カプラードは、アムリリア王国第2位の規模を誇る街で、通りは広く活気に満ちていた。王族の治めるこの港町は、海の恵み、製塩、貿易で潤っており、王都よりも栄えている印象を受けた。
エリザリス西辺境伯達は、街の中心にそびえたつ王族の城に入り、俺達は街で一番高い宿屋に入った。冬の10日にカタリナ姫の結婚式が行われる予定で、その披露宴では姫の友人枠で俺達も招待されている。
披露宴は、貴族エリアと平民エリアに分けられた形で行われ、有力商人や高名冒険者、芸人一座なども招待される。友人枠ではあるが、俺達は平民エリアなので、気兼ねなく参加できる。
武装はできないが、冒険者らしい服装でも構わないということなので気が楽だ。…と思っていたら、翌日レイレに「街を案内しましょう。午後には服も買いに行きたいのですが付き合ってもらえませんか?」と街へ連れ出された。『スタープレイヤーズ』の他のメンバーは、空気を読んでくれたのでレイレと2人きりだ。
朝早くから宿屋を出て、港近くの漁師のための食堂で朝食をとる。この世界で、初めての生の魚を食べた。刺身ではなくマリネのようなものでハーブと酢で漬けた切り身だったがこれが本当においしかった。パンにマッシュポテトのようなものと一緒にはさんで食べるのだが、美味すぎて、おかわりもした。レイレは魚介類の少し辛めに味付けしたスープとパンだった。
「美味しいなー!カプラードは料理がいいね!レイレ、よくこんなお店知ってたね」
「以前来たときに地元の冒険者に教えてもらったんです。カプラードは海の幸が豊富ですからね。大きな海老なんかも食べに行きましょう!」
「おお!いいね、海老!蟹!貝!楽しみだなぁ。カプラードは良く来るの?」
「カプラードは3回目です。私は冒険者4年目ですが、貴族の護衛依頼を受けることも時々あります。そうすると、だいたい各辺境領都や、王都やここに来ることになるんです」
東辺境伯に連なる身分の元貴族の冒険者で、高名な冒険者パーティのリーダー。素晴らしい腕前と美貌を持つとあって、依頼は引く手あまただったようだ。
「あ、そしたらごめん、『スタープレイヤーズ』としてだと、あまり護衛の依頼受けないかも。好き勝手に動けなくなるし」
「それは大丈夫ですよ。西辺境伯もパーティが変わったことを広めておいてくれるでしょうし、何件か事情を話して断れば、すぐ来なくなると思います」
「そう、ならよかった。あれ?そういえば、レイレは成人してから冒険者になったんだよね。女性に年齢聞くのって失礼かもだけど…、レイレって幾つ?」
「今年の夏で19になりました。リュードは?」
「俺は今年の春で18になったね」
レイレ、姐さん女房だった。いや、まだ結婚してないから女房ではないけども。
「私の方が1つ上だったのですね…。リュードは、年上は嫌いですか?」
「いや、レイレなら上でも下でも、どんとこいだね!」
「ふふっ、どんとこい、ですか」
この感じであれば、レイレも俺のことを想ってくれていると…判断していいのだろうか。いいよね。いいとした。あのとき死ぬ気で、俺の全てをかけて、戦ってよかったと俺はしみじみと思った。あの死闘があって初めて、この笑顔をしてくれていると、そう感じた。うっすらと頬を染めるレイレを心のアルバムに記録しながら、俺達は街の観光名所的なところを回っていった。
昼食として、少し高級な食堂で、海鮮パスタみたいのと、大きな海老の丸茹でを食べた後、俺達は貴族向けの商会が集まった通りに向かった。
連れていかれたのは、重厚な黒い扉に、店名の入ったプレートのみ付けられた、格式高そうなお洒落な店だった。店名は『スモールラック』。おそらく貴族向けの店で“小さな幸せ”とは、なかなか粋な名前だと思った。
レイレがノッカーを鳴らすと、扉を開けたのは白い髭をきっちりと撫でつけた初老の男性だった。
「久しぶりね、チェーリオ、今入れるかしら?」
「これは…、レイレ様。1年ぶりになりますでしょうか。以前にもまして美しくなられました。どうぞお入りください」
中に入ると、チェーリオは俺にも恭しく頭を下げた。
「『スモールラック』店主のチェーリオと申します。」
「丁寧にありがとう。冒険者パーティ『スタープレイヤーズ』のリーダー、リュードと言います。よろしく。」
俺は気持ち胸をはって返事をする。こういう店に来るのは初めてだが、一緒にいるレイレに恥をかかせないようにしたい。かといって偉そうな態度をとるのは違うので、丁寧で、でもへりくだってはいない応対を心掛ける。チェーリオは満足そうな笑みを見せた。
「レイレ様、本日はどのようなご服をご所望されますか?」
「8日後に、大公長子ルファーノ様とカタリナ姫の結婚披露宴があるの」
「はい、聞き及んでおります。どちらに参列されるのでしょうか?」
「私は変わらず冒険者よ。だから貴族外の方よ」
「なるほど、承りました。では、宝飾などはあまり付けないもので、少しだけラフなスタイルのものと致しましょうか。ただ日数がございません。幾つか当店で揃えておりますものから、お直しとアレンジをさせていただくのでよろしいでしょうか?」
「はい、お願いします。それでリュード」
「なに?」
「こういう公式な場だとね、婚約者か夫婦の場合は互いの衣装に髪の色と瞳の色を入れるものなの。まぁ、貴族の慣習ではあるのだけど」
「うん。知ってる」
「それで…婚約者ではないけど、会場に一緒に入る異性がいい人の場合、た、例えば恋人とか、そ、そういう人のときは瞳か髪のどちらかを入れるものなの。だ、だから、リュードがよければ、い、色を相談させてほしいの!」
真っ赤な顔して早口で言い切るレイレが可愛すぎて、俺は鼻血を噴きそうになる。いや、たまらない。最高すぎる。横にいるチェーリオも「これは、これは…」とか言いながら目を細めている。
「よろこんで!どうしようか、そうだね、まずはこのお店にある…」
俺はウキウキで服選びに入った。
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