77◆オウガ◆
町の中央広場では、エリザリス西辺境伯とモンロイ子爵がおり、その前で騎士アレンゾと30名ほどの兵士が陣取っていた。対するは3メートルのオウガと、数十体はいると思われる雑魚魔物達。
そこにオウガの後ろから俺達が駆け付けた形になっている。オウガは俺達に意識を向けることすらせず、巨木の丸太の一振りで、騎士アレンゾの横にいた兵士を3名を屋根の向こうへと叩き飛ばした。
「ぬ、ぬぅぬぅうう!この騎士アレンゾ!何があってもここは通さぬぅ!」
唾を飛ばしながら、騎士アレンゾが剣を構えるが、オウガは何も気にしていない。というか騎士アレンゾ、よくあそこまで正面からオウガの目を睨めるな。退かないのはすごいと思うが…騎士アレンゾがやられれば、次はその後ろにいるエリザリス西辺境伯なので何とかしなければならない。
あぁ、いやだなぁ…、またこのパターンだ。
「皆、オーガの注意を俺に引き付ける!俺は町の外まで奴を引き離す!」
「「「「了解!!」」」」
「フィアーウォーター!」
俺は薄く濁った水をオウガの足にぶっかける。夜と水の複合魔法、俺に対して生理的嫌悪感を抱かせる魔法だ。自分で作っておいて何だが、俺はこの魔法がすごく嫌いだ。グリフォンのときも、この魔法を使って、自分に敵意を集中させたが生きた心地がしなかった。
「グガ?」
俺を見たオウガが、その目に敵意を浮かべて足をこちらに向ける。俺は既に走り出しているが、でかい生き物は歩幅も大きい。どんどん迫ってくる。背後からブォンとる丸太こん棒を振り回す音が聞こえては、俺はひぃひぃと避けながら、全力で町の外へとオウガを誘導した。
◇
「皆!俺を狙うオウガに隙ができたら、それぞれ狙ってくれ!無理はするな!」
俺の合図で、それぞれが得意の得物で攻撃する。クロナは短剣、レイレは双剣、ミュカは弓、テイカーはメイス、ハイマンは自分の背丈よりも長い棒の先にメイスが付いたポールメイス、またはスタッフメイスと呼ばれる武器だった。
俺がオウガの動作を避けたその隙を狙って、それぞれが攻撃を仕掛けるが、一向に効かない。テイカーやハイマンは肥大化した手足の指を狙って攻撃するが弾かれて終わっている。ミュカの矢は刺さらず、レイレやクロナの刃物もオウガの肌が固すぎて全く攻撃が通らない。
「レイレ!オウガってこんなにやばかったんだね!どう、オウガ姫としては!?」
「こんなときにまで止めてください!っていうか、冒険者の皆さん、この化け物を見た上で、私に名付けたりしていませんよね!?」
「本物を見てしまうと、姫につけられる名前ではないとわかりますね!何か新しい二つ名を考えて広めてもらいましょう!」
「と、いうことで!リュードさん!レイレの新しい二つ名考えてあげて!」
「いや、ちょっと集中させて!?」
俺、さっきからオウガの攻撃、死ぬ気で避けてるんだけど!まぁ、でも窮地に会って笑いあって鼓舞しあえるのって、とても素敵だと思う。
「リュード君、あなたの悪知恵の出番よ!」
「悪知恵っていわないで!」
クロナが集まり始めた雑魚魔物を、短剣で切り裂きながら俺をあおる。
「リュード、上手く倒せたら、また何かいい素材が手に入るかもしれませんよっ!」
テイカーも俺を乗せようとする。いや、確かに素材欲しい。オウガが何の属性かはわからないが、あれだけ大きかったらさぞかし魔石も大きいだろう。これは期待するしかない、がんばろう。
「よし!キーは、ミュカ!こないだ教えた火の圧縮、あれで行く!」
「待って、リュードさん、まだ自信ない!試し撃ちだってまだしてないよ!」
「それでもOK!っていうか、できなくてもOK!グリフォン倒したときの俺の増し増しストーンアロウで、その次に狙うから!でもそれ撃ったら俺倒れるから、できるだけがんばって!」
「わかった。圧縮、ギリギリまでやってみる!」
「クロナとレイレは、ミュカの守り!周りの雑魚狩って!」
「「了解!」」
「テイカーとハイマン、2人で組んで、あいつの右ひざだけ狙い続けて!たぶんそのうち効いてくる!と思う!」
「「了解!!」」
「俺は、小技と!避けるっ!」
俺達『スタープレイヤーズ』とオウガの死闘は続く。
◇
「マッドシート!」
グゴァーッ!
「ざまぁみろ!このやろう!」
滑りやすい泥たまりを足元に出現させオウガを転倒させる。オウガは末端が肥大しており安定しているので早々転ばないが、やはり攻撃をしようするときは、足を踏みこむので、それにあわせて魔法を繰り出している。
ゴン!ガン!
すっ転んだオウガの右ひざを狙って、テイカーがメイスを振るい、振り払うオウガの手をテイカーが避けたところに、遠間からハイマンが、さらに打撃を加える。
ハイマンの武器はおもしろい。長い木の柄の先につけられた鋼鉄製のメイスの頭は、その重さと木のしなりを利用して、恐ろしいほど正確でかつ重い打撃をコンパクトに与える。操作をするハイマンの膂力があって初めて成立する武器なのかもしれないが、その動きに目を奪われそうになる。
オウガの右ひざは度重なる2人の打撃によって、3倍くらいに腫れあがっており、少し動くだけでもグルグルと唸り声を上げて痛そうな様子が伝わってくる。しかも、俺が転ばせたりするたびに、起き上がるのに必要な時間がどんどん長くなってきている。
「フィアーウォーター!」
定期的に俺に意識を向けさせることも忘れない。
そろそろ頃合いと思いミュカを見ると、脂汗を流して目の前にソフトボール大の火球を浮かべている。術の初めに出していた火球は両手で抱えるほどの大きさだった気が……あ、これはやばい気がする。俺の頬を冷汗が垂れる。
「ミュカ!ミュカ!もういいから!準備ができたら言ってよ!」
「どのぐらいまで…、やればいいのか…わからなかったんですよ!リュードさんが…指示をしてくれなかったから…あぁー…、もう無理ーっ!」
「全員ッ!!退避!逃げて!ミュカ!あいつのお腹あたりに!」
動きのかなり鈍くなったオウガから俺達は全力で逃げる。ミュカの放ったソフトボール大の火球は地面と平行にするすると進んでいく。
「テイカー、ミュカを!皆っ、伏せて!」
俺は全員の位置を咄嗟に確認し、ミュカに一番近いテイカーに声をかける。俺が声をかけたときには、既にテイカーはミュカに向かって走っており、気絶して倒れ込むミュカを支えつつ地面に伏せた。
オウガの腰のあたりに圧縮された火球が着弾した。その瞬間、凄まじい爆発音と同時にオウガのひざから上が弾けとんだ。ビリビリと空気が振動し、少し遅れてオウガの体の一部や肉片がビチャビチャと降ってくる。炭化した細かいチリと、霧となったオウガの血が周囲を薄赤く染める。
俺は地面から起き上がり左右を見回す。怪我を負ったパーティメンバーはいないようでホッとする。オウガのいた場所を見ると、そこにあったのはひざから下の足だけだった。それを見て、俺は叫んだ。
「俺の!素材が!魔石がぁぁーーーーっ!!!」
◇
「うぉおおおおーーーーー!!!!!!」
俺の雄叫びに呼応するかのように歓声が上がった。いつの間にか、近くまで来ていたエリザリス西辺境伯、モンロイ子爵、騎士アレンゾ、兵士、そして町の冒険者達が俺達がオウガと戦う場面と、そしてミュカが凄まじい魔法で爆殺した一部始終を見ていた。
歓声の対象となっている俺達は、酷い姿だ。全身オウガの血と煤と肉片に汚れている。素材はないし、汚いし、臭い。止まない歓声の中、俺達はトボトボと町の中へと戻った。
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