76◆不穏な空気◆



 俺達はモンロボーの町に入った。


 各辺境伯領都から王都へ向かう主街道は魔物も頻繁に狩られており、かなり安全な道になっているが各辺境伯の領都同士をつなぐ外側の街道や、西の辺境から南の街へとつながる街道はいまだ魔物も多く、安全とは言い難い。


 モンロイ子爵の治めるこの地は、西の辺境伯領都エリスリから3日ほど南への街道を進んだところにあるため、兵士の練度は高い。町に近づくにつれゴブリンなどの魔物が増えていくが、騎士アレンゾと配下の兵士達が危なげなく退治をしていく。


「エリザリス辺境伯閣下!なぜこちらに!?」


 ちょび髭を生やした頭の薄いおっさん貴族が出迎えてくれた。


「おお、モンロイ子爵。なに、妾のもとに優秀な者たちがちょうど集まっておったのでな、できることもあろうかと参ったのだ」


「かたじけなくございます、エリザリス辺境伯閣下」


「状況はどうなっている?」


「昨日、急に西の森が騒がしくなり、多数の魔物があふれてきております。ただいま町の周囲の魔物を狩りながら、このモンロボーに、住民を避難させたところです。…が、付近の村2つまで手が回っていない状態です。騎士アレンゾが戻り次第、その村に派遣しようと考えていた次第です」


「ふむ、妾と兵士達はここでモンロイ子爵と共に動き、『スタープレイヤーズ』にその村にまで行ってもらおうと思うがどうだ、リュード?」


 エリザリス西辺境伯に問われ、後ろにいるパーティメンバーを見たときに、俺はレイレの様子が少しおかしいのに気づいた。


「どうした、レイレ?」


「上手く言えませんが、胸騒ぎがします。私達の安全だけを考えるなら、ここを離れた方がいいかもしれません」


 レイレは俺達にしか聞こえないくらいの声でひっそりと話し、俺を見つめる。勘の良さを最大の武器とする超一流の戦士レイレの発言だ。何か危険が迫っているのは確かだろう。問題は、俺達だけの安全を考えるならというところだ。そこにはエリザリス西辺境伯、カタリナ姫、兵士達を見捨てる選択になることを意味する。レイレはそのあたりも含めて、判断をどうするかをパーティリーダーである俺にゆだねてきた。


 俺はすぐに決断する。


「大変申し訳ありませんが、俺達はここに残りたいと思います。俺達はエリザリス西辺境伯に護衛として雇われています。街の周辺の魔物を狩るくらいは大丈夫ですが、それ以上お傍を離れるわけには参りません」


 言いながら目に言外の意味を乗せて、正面からエリザリス西辺境伯を見つめる。


「ぼ、冒険者風情が、な、何を言うか、無礼者めっ!!」


 騎士アレンゾが激昂するが、エリザリス西辺境伯は片手をあげてそれを止めると、俺に答えた。


「わかった、そなたの言を受け入れよう」





「『スタープレイヤーズ』、準備しよう」


 俺達は町の広場で荷物を降ろし、戦う準備をし始めた。冒険者は基本的には

普段から戦える格好をしているが、防具を締めなおしたり武器の確認などを手早く済ませていく。


「おい!冒険者!」


「なんでしょうか、騎士アレンゾ様」


「貴様、先ほどは西辺境伯閣下がお止めになられたが調子にのるな。貴様らは我らの言うことを聞いて動けばいいのだ!」


 もともと魔物退治を担っているのは騎士と兵士で、冒険者は、騎士達がカバーできない所などで魔物を退治している。本来であればお互い、魔物を狩るという素晴らしいことをしているのだから、もっと互いを尊重して連携して動けばいいのだが、残念なことに多くの領で、騎士と冒険者は対立している。


 騎士達は、あくまで自分達は正規任務で、冒険者は自分達のカバーをしているに過ぎず、見た目の汚さや素性の胡散臭さも合わさって、すりつぶして使いつぶしていいと思っている。冒険者側もそれをわかっているから、騎士や兵士を嫌っている。


 ちなみに父親のいるエルソン領は別だ。父親が魔物が出たと聞いたら、誰よりも早くすっ飛んで行き、ぶっ倒してしまうからだ。それによって助けられた冒険者も多く、俺もエルソン領で冒険者をやっていたときは、パスガンの息子だからということで、わりと目をかけてもらえた。


 とはいえ、言われっぱなしなのも気に入らないので一応反論はしておく。


「騎士アレンゾ様、俺達の依頼人は西辺境伯になります。ですので、何かありましたら辺境伯閣下をお通しいただけますようによろしくお願いいたします」


「貴様っ!」


「それでは、俺達も町の外に出て魔物を狩ってきます」


 喚く騎士アレンゾを放って俺達は町を出て、周辺の魔物を狩りに向かった。





 街の周囲には散発的に魔物がうろついている状態だった。多くは小さい緑色の人型の魔物ゴブリンや、人間を好んで襲う狼型の魔物ナイトウルフなどだった。


「魔物の様子がおかしいわね」


「そうですね、怒りと怯えの色が見えます。こちらの方が強いのはあきらかにわかっているのに逃げていきません」


 短剣を振りぬきながらのクロナのセリフにハイマンが答える。魔物は人間を見ると襲ってくるが敵わないとみるとたいがいは逃げていくものだ。


「リュード殿、もしかするとですが、群れの長がいるかもしれません」


「群れの長?」


「はい、稀に飛びぬけて強い個体が周辺の魔物を種類問わず従わせることがあります。」


「ハイマンは見たことある?」


「はい、10代の頃に討伐隊に参加したことがあります。その時は通常の3倍ほどの大きさのナイトウルフでした。強さもかなりのもので、狼型以外の魔物も引き連れていました」


「うーん、そろそろ1度町に戻っておこうか。さすがに俺でもわかる。何か嫌な気配がある」


 そう言って俺が町の方に目を向けたとき、ドカンと大きな音がして町を囲っていた丸太の柵の一部がはじけ飛び、残骸が空を舞った。


「まずい!急ごうっ!」


 数分もせずに町に着いた俺達が見たのは3メートルに近い巨人だった。硬質な灰色の肌に、やたらと肥大化した手足、どうやって着けたのかわからない毛皮の腰布。振り乱された黒紫色の頭髪の真ん中、頭頂部からは長い角が飛び出ている。乱杭歯と突き出た犬歯から生臭い息を吐きながら、黄色い両目が周囲を睨む。


「オオ、オ、オウガだーっ!!!」


 兵士の一人が叫び、そしてその化け物の手にした巨大な丸太のこん棒でつぶされた。オウガは首を回して周囲を見回すとゴウと雄叫びを上げた。


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