75◆魔法の可能性◆



「リュード殿、それは私の癒しの魔法でもできるのでしょうか?」


 俺とミュカが行っていた魔法の圧縮訓練の様子を見ていたハイマンが声を上げた。


「んーどうだろう、俺は癒しは持っていないから、ちょっとわからないかな。逆に癒しでもできるかどうか試して教えてほしいな。あ、そうだ、それと別に癒しの魔法で気になっていたことがあるんだ」


「なんでしょうか?」


「癒しの魔法って手をかざして治療するでしょ?あれ、傷には触れてなくても、効果が出てるってことだけど、どこまで手を離せるの?」


「昔から手をかざすのが当たり前でしたし、そうするものだと思っていました。…確かに手を離していますね」


「よし、試してみよう!」


「了解です。何をすれば?」


「ハイマン、俺が少しずつ離れるから、ここまでは届きそうっかなってのを教えて。なんとなくでいいから」


「わかりました」


 そう言って、俺はゆっくりと1歩ずつ後ずさっていく。距離にして4~5メートル離れたところでハイマンが「止まってください」と声を上げる。だがハイマンは、自信がなさそうに、しきりに首をひねっている。


「じゃあ、いくよ」


 俺は、腕をまくると、ナイフを取り出して自分の腕をざくりと切った。


「な、なにをしているのです!」


「はい、止まって!動いちゃダメ!ハイマンそこから試してみて」


「り、リュード殿、あなたは自傷癖でもあるのですか!?」


「いやいや、そんなものないよ。っていうか、癒しなんだから試さないことには始まらないでしょ。ハイマン、痛いから早く!」


 ハイマンは、こちらに手を向け目を伏せる。周囲の人間も俺の腕に注目している。少しして、ハイマンの手と俺の腕の傷が温かい風のようなものでつながった感覚がして、俺の傷が治っていった。


「おー!ハイマンすごいよ!効いてる、効いてる!やった、できるじゃん!距離のある治療!すごい!」


 俺は指先から水を出して、傷口を流し傷が完全に塞がっているのを確認した。


「ためらいもなく自分の腕を切らないでください!」


「ごめん、事前に言えばよかったね。」


「いえ、そういうことではっ。……はぁ、もういいです。リュード殿はそういう人なのでしたね。…ありがとうございます。おかげで癒しの魔法の可能性が広がりました」


「よかった、俺も腕を切ったかいがあったよ。でも、これ実戦でも使えそうじゃない。傷を負う傍から治っていく前衛とか、相手からしたらものすごい恐怖じゃない?」


 俺の発言を受けて、周囲が固まった。それを見かねたテイカーがため息を尽きながら俺に言ってくる。


「リュード、皆が固まっているのは、リュードのその発想がやばいと思っているんです。あなたは、どれだけ戦う気ですか」


 皆がうんうんと頷いているが、おかしい。俺はバトルジャンキーではないはずだ。





 4日後、エリザリス西辺境伯、次女のカタリナ姫、御付きの者達、護衛兵、御者、『スタープレイヤーズ』の合計30名の一団は南へ続く街道を進んでいた。


 カタリナ姫の輿入れ道具などもあるため、馬車は10台を越えている。中には俺達の作った光るドレスも入っている。元が貴族のレイレは、話し相手として西辺境伯とカタリナ姫の馬車に一緒に乗っている。ハイマンとミュカは兵士達と同じように馬に乗り、一団の前後左右で警戒を続けている。


 俺達は馬に乗れないので、列の最後尾で俺の荷馬車に乗っている。テイカーは御者台に、クロナは荷馬車の屋上で周囲の警戒をし、俺は荷馬車の中で揺れていても出来る研究や検証などをしながら、たまにクロナと交替している。


 ほとんど冬に近くなり、風もだいぶ冷えはじめた。夏から秋にかけてずっと西の領都エリスリにいたので、旅の雰囲気も久しぶりに味わう。やはり旅はいい。





 旅では、街道沿いの貴族の屋敷を訪れる。「いついつに西辺境伯が到着しますよ。一晩泊めてください。はい、これは準備金ですよ」という感じで、事前にかなりの額のお金が渡されているという話だ。貴族は寄り親を迎えるため、気合を入れて準備するが、この準備金のほうの額が多い。要は上から下へのお小遣いのようなものだそうだ。ちなみに街道沿いの領地ではない貴族には、地方視察として、定期的にわざわざ回っているそうだ。


 1つ目の街で俺達は、中位貴族の歓待を受けた。エリザリス西辺境伯のリクエストもあり紙芝居と『爆走!ゲイルダッシュ!』の実演付きだ。西辺境伯お墨付きの俺達の公演に、貴族とその家族はとても喜んでくれた。また、それを初めてみたレイレ達も、すごく喜んでくれた。レイレ達には、一緒のパーティになったのだから公演にも参加してもらいたいと伝えたら、意外に皆乗り気だったのがまた嬉しかった。





 街道をさらに進んだ先で俺達を待っていたのは、武装した10人ほどの兵士だった。


「エリザリス西辺境伯閣下!私は、モンロイ子爵に仕える騎士アレンゾと申します!ただいま、我が町モンロボー付近で、昨日より多数の魔物の目撃、遭遇が続いており、エリザリス西辺境伯閣下にお伝えするべく参りました!」


「騎士アレンゾ、出迎えご苦労だ。モンロイ子爵はどうした?」


「は!モンロイ閣下は町で対応の指揮をとっておりまして、こちらにお伺いできないこと、平にご容赦くださいとお伝えするように言われております」


「ふむ、騎士アレンゾ、子爵は他に何を言っていた?」


「エリザリス西辺境伯閣下はもちろん、ご婚礼前のカタリナ姫の身もありますれば、街道を返し、手前の街で留まりおきますようにお願いしますとのことです」


「…カタリナ、よいか?」


「もちろんです、お母様。私達は戦力を持っております。このまま進んで、一刻も早い事態の収拾に尽力いたしましょう」


「ということだ、騎士アレンゾ。モンロボーに向かう」


「誠に!ありがとうございます!騎士アレンゾ身命を賭して御身を守らせていただきます!」


 俺達は急いで次の街モンロボーに向かった。



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