72◆目が覚めて◆
目が覚めた。天蓋付きの豪華なベッドで、俺は寝ていた。ベッドの脇には、椅子に腰かけたレイレが上半身だけベッドに突っ伏した姿勢で寝ていた。俺が動いた気配で目が覚めたのだろう、頭を上げたレイレと目が合う。
「気が付いたのですね。よ、よかった…」
息を小さく吐きながら、少しうるんだ瞳で俺を見つめるレイレに、俺は素直に謝った。
「あー…えっと、レイレさん、申し訳なかったです」
「何がですか?」
「えっといきなりプロポーズしたことに、貴方を傷つけたこと…、そして俺がもう少しで死にそうで貴方に負い目を追わせかねなかったこと。大丈夫だと踏んではいたのだけど…、本当にごめんなさい」
「プロポーズは驚きましたが、もう謝罪は受け入れています。傷つけられたことは、今更です。勝負事ですから。私もその倍以上貴方を傷つけましたし。そして最後。負い目ではありません。重荷です。リュードさん、もしあのまま貴方が死んでいたら…私は一生重荷を背負ったまま生きなければ、ならなかったのですよ。それは人としてどうなんでしょうか」
「…レイレさんの言う通りです。すみません」
「女性には、重荷を背負わせるのではなく、荷物を共に持ったり、同じ景色を見て一緒に喜んだり。そういうことの方が喜ばれると思いますよ」
「全くです…。あの…レイレさん、もう一度、俺にチャンスをいただくことは可能でしょうか?」
「勝負には勝ったのですから、勝者の権利を行使しても…、私は文句を言いませんよ」
「いや、今回の件は、もう初めから俺がやらかしてます。ですからお互いが知る機会を、レイレさんが良ければですが…、これから一緒に作ってもらって、そしてまた改めて申し込みたいんです。だからレイレさん、チャンスをください」
断られたくない、頷いて欲しい…そう願うが、“プロポーズしてきた人間を斬り殺した”という十字架を背負わせかけたのは事実だ。恐る恐る目を合わせると、レイレは小さく微笑んだ。
「さんはいりません。レイレと呼んでください」
「!…では!?」
「えぇ。あなたの誠意ある行動を嬉しく思います。また改めて私に申し込んでいただければと思います」
「おぉ…やった!痛ぇっ!」
手を振り上げかけて、腕に、腹に、背中に、肩に、太腿に…全身に激痛が走る。
「リュードさん、無理はしないでください、まだ2日しか経っていません」
「は、はい…。あ、俺もリュードと呼んでください」
「ふふ、わかりました」
ここで俺の腹がグゥグゥと大きな音を上げた。
「ふぅ…落ち着いたら、さすがに、お腹が空いてきました」
「みたいですね、ふふっ」
2人で顔を見合わせて笑っていると、ノックもなしに扉が開いた。
「目が覚めたようだな。痴れ者がっ」
そこには、般若の顔したエリザリス西辺境伯が立っていた。
俺は食事の用意が整うまでの小一時間ほど、エリザリス西辺境伯にたっぷりとお叱りを受けた。稀にみる凄まじい手合わせを見れたことは、素晴らしかったと言ってもらえたが、最後の俺の死にかけたことが、とにかく腹が立ったらしい。「お前はカタリナの結婚に血の泥を振りかけるところだったのだぞ、馬鹿者!」と本気で殴られた。勝負しているときには頭から抜け落ちていたが、そうか、俺一応ドレスの開発者の1人だったなぁ、それが死んだとか言ったら確かにものすごく縁起が悪いよなと反省をする。
◇
それから俺達は、食堂に場所を移した。俺が最初に話したのはクロナとテイカーだ。
「ちょっとリュード君、本当に心配させないでって、これ言わせるの何回目?馬鹿なの?っていうか馬鹿だったわよね…あぁ、もう!……はぁ。報告を上げなきゃいけない私の気持ちにもなってほしいものだわ…」
「ごめんクロナ。いつも謝ってるけど、ごめん」
「リュード、今回はさすがに私も怒っています。酷い戦い方でした。自分の体に大穴まで開けて…本当にあなたという人は…。リュードなら、他にいくらでもやりようがあるはずでしょう?違いますか?」
テイカーの言葉に、レイレ達以外が頷く。
「違うやり方はいつも終わってから思いつくんだ…。本当にごめん」
「…はぁ、次からは何かを決めたら、動く前に私達にもう少し言いましょう」
「…わかった」
「でも、よく生きていてくれました。おかえりなさい」
「うん、よかった。ありがとう」
俺は2人に頭を下げ、少し話をした。
その後で、俺は改めて自己紹介をさせてもらった。レイレ達は、俺が寝ている間にクロナとテイカーとも仲良くなっていた。俺の話をしていたら仲良くなったそうだ。どんなことを話していたのかは聞かないことにした。
「改めて、挨拶させていただきます。冒険者パーティ『プレイヤーズ』のリーダー、リュードです。いろいろとお騒がせしてしまい申し訳ありませんでした」
俺の謝罪に皆が、本当にな!と言いたそうな顔をする。というか何人かは実際に言っていた。
「はい、私はレイレです。冒険者パーティ『スターズ』のリーダーです。私の仲間、ハイマンとミュカよ」
背の高い体の大きな、年かさの男性が進み出てきて俺と握手をする。
「ハイマンです。リュード殿と姫の治療をいたしました」
「え、あなたが治療してくれたのですか!?あ、ありがとうございます。…姫?」
「はい、レイレ姫は冒険者ですが、東のユリーズ辺境伯家に連なる姫でもあります。ご存知なかったので?」
俺は口をポカンと開けて、首を縦に振った。自分のしでかしたことを冷静に思い返す。もしかすると、レイレを傷つけた俺は縛り首コースなのでは?
「えっと…俺はもしかすると、相当不味いことをしてしまった…のかな?」
「い、今の私は、1人の冒険者で、今回の手合わせも冒険者として行ったものです!そもそも成人して家名もありませんし、リュードは何も気にすることはありません!」
「リュード…ですか。それでも姫は姫なのですが」
ハイマンは、頬を染めるレイレと俺を交互に見ると大きなため息をついた。
そして俺は唐突に約2年前のことを思い出していた。ユリーズ東辺境伯って、『マギクロニクル』の第1回大会の優勝者だった、あのめっちゃ強そうな貴族じゃないか。大会後、話しかけられたのが記憶に残っている。しかもその時に、「私の姪はどうだ?かなりの美人だが、ちょっと変わり者でな。いい夫婦になると思うのだがな」とか言っていた。てことは、その変わり者がもしかするとレイレか…。まさかこんなところで繋がるとは。あぁ、そうか、今思えばちゃんと話をしていればユリーズ辺境伯から話をつなげてもらうこともできたんじゃないか?
考えに没頭しそうになる俺の目の前でひらひらと手が振られる。
「じゃあ次はあたしね。あたしはミュカだよ。リュードさんよろしくね」
「あ、はい、よろしくお願いします」
「リュードさん、すごかったね。あんな戦い、初めて見たよ!オウガ姫から勝ちを奪ったんだから、もっと胸はっていいと思うよ」
「オウガ姫?」
「わ、私をそう呼ぶ人がいるのです!私は嫌だと言っているのに、冒険者の皆さんが…」
「えーでも、レイレがオウガみたいに強いのは本当じゃんー。」
「でもオウガって、オウガって…」
オウガは、こちらの世界の鬼みたいなものだ。滅多に人のいるところに出てくることはないらしいが、たまに好奇心の強いやつが“流れ”の個体となって人の近くまでくることがあるらしい。30人の兵士で挑んで、半数が死ぬ覚悟が必要なほど強いらしい。
わぁわぁと騒ぐレイレとミュカ、それを温かく見守るハイマンを見て俺は、いいパーティだなと思った。
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