70◆一目惚れ決闘◆



「…結婚してください。」


 俺の唐突なプロポーズで周囲は静まり返る。当たり前だと思う。俺も逆の立場ならひたすら黙って状況を見守ることしかできない。大貴族の前で、初対面の女性に、挨拶することなくいきなりプロポーズを申し込む。究極的に失礼なことだとわかっている。紹介をしてくれたエリザリス西辺境伯の顔もつぶしている。そんなことはわかっていて、それでも俺は湧き上がるものを抑えられなかった。


 プロポーズのセリフを言い切ったことで、ほんの少しだけ頭が冷えたが、胸の中には炎が燃え盛っており、その熱はいまだ全身にこもっている。俺は膝をついた姿勢のまま、レイレの瞳を見つめ続ける。


「…撤回や、冗談にする気はないのですね?」


「はい。礼を失した突然のプロポーズ、申し訳ありません。ですが撤回はいたしません。本気です」


「初対面でいきなりプロポーズされたのは、さすがに初めてです。熱意の表れとして、無礼は許しましょう」


 レイレがこう言ってくれたため、他の人は、表立って俺を攻めることはできなくなった。おそらく全員から後ほど、すごく怒られると思うが。


「謝罪を受け入れていただき、ありがとうございます」


「はい。そして、お返事ですが…当然、お受けできません」


「はい」


「少なくとも私よりも弱い人を、私が受け入れることはありません」


 この発言を素で言うくらい、レイレは強い。今この瞬間も彼女から立ち上る覇気をみてもわかる。年齢が幾つかは知らないが、俺の父親パスガンや、近衛騎士団長に似た圧倒的な強さを感じる。というか、この人よりも強い人、この国に数人もいないのではないだろうか。でも…、だからこそ俺は言う。


「俺はあなたより強いです。それを示す機会を与えていただけませんか?」


 エリザリス西辺境伯が、目を見開く。彼女も辺境伯を務める猛者、強さを測ることはできる。明らかに格下の俺が、格上に向かって「俺の方が強い」と言い切ったのだ。レイレは目を細め、俺を推し量るように見つめる。


「少し痛い目を見てもらった方がいいのでしょうね。わかりました、手合わせをしましょう」





 西辺境伯の城の、やたらと広い裏庭で俺とレイレが立っている。互いの距離は5メートルほどだ。周りには、それぞれのパーティメンバーと西辺境伯だけだ。


「木剣ですか?それとも真剣にしますか?」


「真剣でお願いします」


 木剣では俺の本気は伝わらないし、レイレは落とせないだろう。俺の本気と覚悟、これまでの生き様、その全てをぶつけて、レイレを屈服させて、そしてその上でもう一度結婚を申し込みたい。そうしなければならないと思った。そのためにレイレを傷つけることになるが、相手は俺より遥かに格上、むしろ自分の命の心配をするべきだ。


 レイレは腰の剣帯から2本の細身の剣を音もなく抜く。一切の無駄のない流れるような動き。その動きだけで冷や汗が流れる。


「私が勝ったら、アデーレ様には申し訳ありませんが、あなたは私の前から姿を消し、2度と私と会うことはできません。よろしいですね?」


「はい、私が勝った場合には…」


「あなたが勝つことはありません。ですがもしあったとしたら、好きにするといいでしょう。私はそれを受け入れましょう」


 傲慢ではない。彼女は絶対の自信に裏付けされた事実をもとに話をしているだけだ。


「アデーレ様、立会人をお願いいたします」


「承知した。それでは、これより、冒険者リュード、冒険者レイレの勝負を行う。はじめっ!」


 エリザリス西辺境伯の手が振り下ろされたと認識した瞬間、目の前にはレイレがいた。なんという踏み込みの速さ…!と同時に、ほとんど無意識で構えた剣で、レイレの片方の剣を受け流すことに成功した。同時に肩口を狙って突きこんでくる反対側の剣を、体を捻って回避する。


 ぶわりと、身体じゅうから汗がいっきに噴き出し、背中が冷たくなる。想像以上のやばさ、対応できた自分を褒めてあげたい。まだ始まったばかりだけど。


 その後、数合、剣を打ち交わして理解した。レイレは間違いなく天才だ。父親や近衛騎士団長は、持ち前の剛力があり、それを強さの軸としている。そしてその軸は何があっても揺るがず、こちらが何を仕掛けようが、その力で全てぶっ潰してくるタイプだ。


 レイレは違った。異様なまでの勘の良さが強さの軸となっている。状況把握、体の動き、足運び、剣の流れ…、全てが天性の勘によって支えられ、それをレイレ自身が理解して絶対の信頼を置いて戦っている。


「マッドシート!」


 レイレの踏み込む足元に、滑る泥たまりを作り出しても、まるでわかっていたかのように足を踏む位置がそこから半歩分ずれる。連続で狙っても、もちろん躱される。


「サンドウィンド!」


 目つぶしの細かい砂を混ぜた風の竜巻を出すが、剣の腹で、竜巻の根元をパシリと叩かれて、技の効果が発生する前に潰される。初見で対応方法なんか分からないはずなのにだ。


「フィアーウォー…やめだ!」


 俺に生理的嫌悪感を起こさせる水を出して、レイレにかけようと思ったが、慌ててやめる。


「マッドシールド!」


 ゆるゆると対流する泥の盾を腕にまとう。腕を斬ろうとしていた剣の軌跡が、くんと跳ね上がってかろうじて避けた俺の耳元を過ぎていく。くそ、泥盾に刃を当てられれば、剣を1本押さえられたかもしれないのに。


「スタンライト!」


 夜魔法で自分の目を闇で覆うのと同時に、レイレの前に光の玉を作り出すが、目を細めただけで、衰えることなく双剣が襲ってくるので、避けるだけで精いっぱいだ。



 始まってから数分で、俺の身体のあらゆる所が斬られ、それなりのダメージを受けている。レイレは全くの無傷だ。俺の息は粗く、鼓動も激しい。少しだけ嬉しいのはレイレの息も粗いことだろう。レイレの源泉である勘の良さを、俺が次から次へと繰り出す複合魔法で、それなりにすり減らすことができているのかもしれない。


 周囲の皆は、俺達の戦いを微動だにせず見つめていた。レイレの強さもそうだし、俺のこの、複合魔法マシマシの全力の戦い方にも驚いているだろう。実際、父親や兄達以外にここまで見せるのは初めてだ。そして過去に父親達と修行していたときよりも、俺の複合魔法は新しく増え、進化している。俺は間違いなく全ての力を出して戦っていた。


「リュードさん、あなたおもしろいわ!こんなに何が出てくるのかわからない相手は初めてよ!」


「それは、どうも…っ!」


 全部避けているくせに何を言うかと泣きたくなる。


「そしてこれだけ、切り結んで倒せていない相手も久しぶり!剣の基礎は本当にしっかりと学んでいるのね」


 上から目線に若干イラっとしないでもないが、相手は格上、しょうがない。それに7歳から7年間、ぎっちりとしごかれているのは事実だ。実の父親に何度も骨を折られ、ナイフで腕を刺される修行をこなしてきた。


 興奮した面持ちで頬に少し朱を差したレイレの顔はとても美しかった。


「でもね、私の方が強い、あなただってわかるでしょ?降参は?」


「しない。まだ勝負はついていない」


「フフッ、でしょうね。じゃあ、私もお礼の意味を込めて見せてあげる」


 口角が上がり、可愛かったレイレの顔が、凄みを増したものになった。隠し玉…持っているような気がしていた。どうしよう、さすがにこれ以上は、俺は持たないかもしれない。


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