69◆報酬とこれから◆
光るドレスのお披露目会から数日後、俺達はエリザリス西辺境伯と会っていた。今回の開発にかかる費用を清算するためだ。
ドレスのデザイナーや針子さん、宝石や木工職人の賃金、全てエリザリス西辺境伯に紹介してもらった人達だが、かかる費用は一度俺達の方で計算させてもらうことになっている。今後の開発費のサンプルになるし、俺達が仕切ったという経験も必要だと判断したからだ。テイカーが。
それ以外にも生地商人、宝石商人からの素材の買取もしているし、とにかく金はかかった。主に人件費と材料代だが、今の時点で原価計算をすると、おおよそ10万リムほどかかっている。前世日本での価値で無理やり計算するなら5000万前後だろうか。テイカーはそれらを計算した上で、今回のドレスを20万リムで請求すると言った。これも無理やり前世日本の価値換算するのなら1~1億2千万円くらいだと思う。
その金額をエリザリス西辺境伯に提示したら、後ろにいた執事にその3倍の額を即座に払うように命じた。しかもデザイナーや職人達の支払い分と別にだ。後でクロナに聞いたところ、貴族は言われた額をそのまま払うのが普通、2倍払えばとても気に入った証、3倍は貴族からの多大な感謝を表すという。
固辞もできないので、お礼を言ってその額を受け取ることを了承した。ちなみに北の辺境伯のところでは、向こうの言った額をそのまま貰っている。金額は確か20万リムだった。その時はテイカーがいなかったので、純粋な俺への報酬となっている。そこから手伝いをしてくれたクロナにも報酬を支払っている。
この金額を持ち歩くわけにもいかないので、王都と各辺境伯領都に支店を持つテイカーの実家の商会に預けることにした。テイカーの実家は中堅の商会で穀物を中心に手堅い商売をしているらしい。預けた金には絶対に手をつけない代わりに総額の0.5%を年に1度渡すという契約にした。何もしないでそこそこの金額が入るのだ、テイカーも実家に大きな顔ができるだろう。
「時にリュードは、この後どうするのだ?」
ほのかに甘い香りのする透き通った赤いお茶に口をつけながらエリザリス西辺境伯が俺に聞く。このお茶は西でとれる紅茶の一種で、俺もお気に入りのお茶だ。それを言ったら、エリザリス西辺境伯が、最高品質の茶葉のみの入った茶箱をプレゼントしてくれた。こういうこまかやかな所で気を配ってくれるのも嬉しい。今回の仕事を本当にがんばってよかったと思う。
「そうですね、西の魔物や植物などもいろいろ知れたので、もう少ししたらエリスリを出ようと思います」
「どちらに向かうのだ?」
「南にまだ行ったことがないので、南に向かおうかと。これから寒くなるので、ちょうどいいかなと思っています」
「リュード、妾の頼みごとを聞いてくれぬか?」
「頼みごとですか?」
「カタリナが嫁ぐために、南へと経つのが秋の75日だ」
「はい、後10日ですね」
既に秋の30日に行われる感謝祭も終わっている。ちなみに感謝祭では、『プレイヤーズ』の紙芝居とトレカ販売と『激走!ゲイルダッシュ!』も町の人に披露した。結果、超大盛況で、俺もとても楽しませてもらった。
「カタリナのみならず、当然妾も一緒に向かう。向こうでカタリナの式を上げるためにな。だが冬を前にして、今年は魔物が妙に活気づいておっての、妾達の護衛につける兵士もできるだけ減らして、領に残しておこうと考えているのだ」
「護衛の代わりに冒険者を雇われるということですか」
「そうだ、そなたら『プレイヤーズ』にも頼みたい。また妾が信用する冒険者達が、ちょうどいいタイミングで今エリスリに来ておるので、そちらにも依頼を出すつもりだ」
「なるほど…」
俺はしばし考え込む。これから冬、いくら南に向かうと言っても寒い中、村々を巡って旅をする気にはなれない。北の辺境伯領を冬の初めに出発して、冷え込みが厳しくなっていく中、王都まで旅したことがあったが、体の芯までこたえる冷えに、クロナがずっと文句を言い続け、俺の気分も低空飛行を続けたこともあった。なので、もともとエリスリを発っても、街道を寄り道せずに進んで、南の街に入ってから、のんびりと研究、開発を進めるつもりだった。
「私はパロの荷馬車で移動しているのですが、パロと馬では脚が、速さが合いません。エリザリス西辺境伯閣下、馬を買える商会を教えていただいてもよろしいでしょうか?」
「おぉ、それでは受けてくれるのか!それなら、こちらの中で頑丈でよく働く馬を見繕って、そなたに譲ろう。何、それも依頼料の中に含めておこう」
エリザリス西辺境伯は女性だが男前だ。話がまとまったので、俺達はエリスリを発つ準備に入った。
◇
さらに数日後、俺達はエリザリス西辺境伯に再び呼ばれた。
「リュード、よく来た。今日はそなたに、紹介したい人間がおってな」
そう言いながら扉を開けて入ってきたエリザリス西辺境伯の後ろには、3人の冒険者風の人物がいた。
その中央にいた女性に目を奪われる。
白銀に輝くサラサラのショートボブの髪。目尻がわずかに上がった大きな目と、強い意志を感じさせる濃いブラウンの瞳。通った鼻筋と、やや薄めの桃色の唇。身長は平均的な女性くらいだろうが、背筋がピッと伸びて所作に隙がない。厚手の生地でゆとりを持たせて作られた冒険者用の服の上からでも見て取れる鍛えた体つき、そして均整の取れた見事なプロポーション。
その女性の後ろには、同じく冒険者の格好をした中年の男性が1人と、若い女性が1人立っている。
「リュードよ、こちらが、今回そなた達と共に、護衛の依頼を受けてくれる冒険者パーティ『スターズ』だ」
中央の女性が前に進み出て、俺に手を差し出す。
「私が『スターズ』のリーダー、レイレです。グリフォンバスターに会えて嬉しいわ。依頼の間、どうかよろしく頼みます」
芯の通ったハリのある声。加えて、ふわりと動いた空気が彼女の香りを、熱を伝えてきて、俺の脳を焼く。
…あぁ、これは駄目だ。
目が回るような感覚と共に心の中に形容できない感情が湧き上がっていく。目の前の女性、レイレの存在が強く、強く浮き立って見え、それ以外の全ては薄れていく。どんな時でも、心の中にもう1人の冷静な自分を持て、その冷静な自分は常に自分を俯瞰で見て、どんなことにも対処できるように務めろ。父親が修行の時に、口をすっぱくして俺に言っていた言葉だ。
止まれ、衝動のままに動くな、きちんと応対しろ、冷静さを保て…冷静な自分が仕事をしていたのは最初だけで、湧き上がる衝動、吹き荒れる想いにどんどん小さくなる。終いには、その冷静な自分もレイレを前にして、顔を赤くして、心臓をバクバクさせている。
自分の心が、体が止められない。俺は、レイレの前にひざまずくと、片膝をついて彼女の手を取り、こう言っていた。
「…結婚してください」
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