68◆異世界ドレス◆



 俺は腕を組み、首を曲げて、口をへの字に曲げて唸っていた。昼の魔石を手に入れたのはいいが、使い勝手が異様に悪かったからだ。


 トンボの魔石は手に取ると、ぽわーっと光る。その光量は想定していたよりも強く、これならいろいろできそうだなと思っているうちに、魔力が空になった。早い、魔力が切れるのが早すぎる。


 ここまでいろいろといじってきて分かったことだが、魔石は起こる現象の勢いと時間が魔物によって異なる。ハーピィは風の量は少し少なめだが、魔石に内包する魔力量が多い。以前に倒したことがあるハチ系の魔物から獲れた風の魔石は、今回のトンボと同じく、風は多めだが魔力量は少なくすぐ空になった。


 ということで、トンボの魔石だ。こんなに短い時間しか光ってくれないのでは、どう使っていいかわからない。付近に昼の魔石をもつ魔物は、他にはいないらしいので、昼の魔石を使うならこれしかない。果たしてこの魔石で一体何を作ればいいのかと、クロナ達と一緒に食事をしながらも、うんうんと唸っていた。


「リュード、さすがに食事中も、うんうん言ってると気になります」


「そうよ、ご飯は眉間にしわ寄せて食べるものじゃないのよ。詳しくは言えなくても、何で悩んでいるのか、試しに言ってみたらどうかしら?案外解決したりするかもしれないわよ」


 確かに、せっかくの食事タイムを申し訳ないことをしたなと俺は少し反省した。これまで俺は、開発に関しては2人にあまり話をしてこなかった。俺の領分だと思っていたからだ。でもクロナの言うとおり、何かのきっかけになるかもと思い、2人にも魔石の話をした。


「なるほど、魔石もまぁいろいろとあるのですね」


「リュード君は、その光で何をやりたかったの?」


「…?」


「もしかして、光ることの先は考えていなかったのね」


「うん…。そもそも何作ればいいか湧いてこないから、なら光る原理試作みたいなものを先に作ったら、また浮かんでくるかなと思って。ハハハ」


「今回はリュードでも難しい案件なんですね」


 前世で、クライアントが何でもいいからネタが欲しいと依頼をしてきた時は、とにかくラフアイディアを出しまくり、10点ほどの企画書を作って、プレゼンしてその中からチョイスしてもらい次に進めてきた。今回も同じようにしたいのだが、“西の心意気”という変な縛りがあることで、アイディアを出そうにもなかなか上手くいっていない状態だった。


「うーん、参ったなぁ。何だったら、“カタリナ姫の輿入れの時に持たせる、西の心意気が伝わるもの”になるのかがわからないんだよね」


「西のって付いているのなら、西ならではのもの、西の特産品とかをベースにしてみるとかは、どうなのかしら?」


「それも調べたんだけど、なんかこう決め手がないというか…いや、鍛冶屋の作る剣、武器とかは有名だし、他にも服飾品とかはあるけど。…そこに何か俺の考えるものがバシリと合致しないと、西の心意気にはならないとも思うんだよね。しかも女性の輿入れの持ち物でしょ」


「うーん…」


 そこから俺達は、あぁでもない、こうでもないと話し合ったが、これといっていいアイディアは浮かんでこなかった。転機となったのは、話がまた魔石に戻ったときに、テイカーが発した一言だった。


「そういえば、リュード、魔石って割れても効果はあるんですか?」


「俺の経験でいうと割ったら、いっきに魔力が抜けるのか、現象を起こさずに石になっちゃうね。少しずつ削れば、5~6割くらいまでの大きさにできるよ。どうして?」


「いえ、分割しても効果が残るなら、実験も何度もできるのかなと思ったのです。何か作るときにも、効率が上がりそうですし」


 コスト意識の高いテイカーならではの発言に俺はフフと笑いそうになる。そして俺の頭に、分割された魔石が並んでいるイメージがよぎる。


「…あれ?確かに、増やせたら…増やせたら?増やすの?いや待てよ、つなげて、いやチャージを…」


 そのイメージが、色を変え、形を変え、頭の中を、ぎゅるぎゅると回っていく。


「よし!ごめん!部屋戻る!」


 俺は肩をすくめる2人を横目に部屋に戻った。





 翌日、俺は出来上がったばかりの、とある原理試作を持ってクロナとテイカーに構想を話した。2人は俺の話を聞くと、何度も頷いて、これなら“西の心意気”になりそうだと言ってくれた。


 簡単なイメージスケッチを急いで描き上げると、俺はすぐに西辺境伯にアポを取り、原理試作とスケッチを見せながらプレゼンをして承認をもらい、西辺境伯家お抱えの職人さん達と会った。


 そこからは、大勢の人を巻き込んでの大開発大会になった。俺やクロナ、テイカー以外に、嫁ぐ本人のカタリナ姫、お針子、デザイナー、木工職人、宝石職人…多くの人々の力が合わさって30日以上が過ぎ、1つの作品が完成した。


 その作品のお披露目会を行うために俺は西辺境伯の城に来ていた。以前紙芝居を披露した城の小劇場に、エリザリス西辺境伯、その縁者およそ30人と、開発に関わった職人達が城の隅に集まっている。


「では、ただいまよりカタリナ姫にご入場いただきます!」


「え、でも会場が?」


「暗すぎませんこと?」


 ざわざわと周囲がざわめく。わざと照明である燭台の数を減らして薄暗くしている。途中経過はあえて見せていないので、エリザリス西辺境伯も期待するような、心配するような、そんな表情を繰り返している。


「カタリナ姫、お願いします!」


 薄暗い小劇場の真ん中にカタリナ姫が登場するが、周囲のざわめきは止まない。


 そして…、薄暗がりの中、音もなく光の花が咲いた。


 カタリナ姫のドレスは、プリンセスラインと呼ばれるウエストできゅっと細くなって、そこからふわりと優雅な曲線を描いてスカートが広がるタイプのものだ。ベースは全身純白の、前世の結婚式で着られるウェディングドレスになるが、こちらは結婚式に真っ白なドレスを着る習慣はないようだ。そのスカートの広がる部分と、上半身の部分に黄色と薄い紫色の淡い光の花が咲いている。結婚相手の髪と瞳の色、金髪に紫の瞳にあわせた光の色だ。


 光は一部が周囲をほんわりと柔らかく染め上げ、一部がきらりと鋭く小さな光を発している。点滅はしていないが、それぞれの光がゆっくりと灯ったり

消えたりしている。誰もが言葉を失ってカタリナ姫に魅入っていた。


 薄暗がりの中、光るドレスを身にまとったカタリナ姫だが、本人の存在感は光によって打ち消されるどころかむしろ可憐に増していた。胸元から肩を回り、背中にまで通った白い光のラインが、その上にあるカタリナ姫の美貌を優しく照らしているからだ。下からの光で顔が怖くならないように光の反射と魔石の位置など、冗談抜きで何十回と作り直した成果がちゃんと出ており、俺はホッとする。


「きれいだ、カタリナ…」


 エリザリス西辺境伯までが、ほうっとため息をついた形のまま口を開けている。


「そろそろ灯りをつけましょう」


 俺の合図でメイド達が次々と燭台を持って入り、所定の位置に置いていくと、ようやく部屋が明るくなる。明るい部屋で見るドレスは、光の効果は弱まっているがその分、今度は白地にちりばめた淡い色の精密なレースと、ところどころに見える小粒の宝石が目に入るようになっている。


「明るくても美しいな…」


 女性陣は目を輝かせ、頬を興奮と憧れで桃色に染めながらカタリナ姫の元に集い感想を言い合い、手をとり喜びあっている。





 これを作るのは本当に苦労をした。


 すぐ光が消えてしまうのなら、魔石に常にチャージ、充電し続けれて光らせばいい。そのヒントをテイカー達との会話で手に入れた。俺は昆虫型魔物の神経を元にした溶液を、蜘蛛型魔物の糸に染みこませて固めてコードを作った。


 1本のコードでチャージと起動の両方はできなかったので、2本のコードにした。コードの1つは魔石につなぎ充電専用ライン、もう1つは迷宮鉱石につなぎ、起動用のラインとする。2本のコードを並べてぴったりとくっつけた上で、そのコードにまたがるように昼属性の魔石を置くと…魔石を光らせ続けることに成功したのだ。


 一番イメージに近いのは、前世のクリスマスシーズンで街路樹とかに巻かれていた、コード状のLED、ほぼあれだ。


 そして、これを活かした商品は…と考え、カタリナ姫の披露宴ドレスを作ることにした。…のはいいが、ドレスは専門外なので、エリザリス西辺境伯にドレスデザイナーと各職人、そしてカタリナ姫本人を巻き込んで、このドレスを仕上げた。


 クロナには、ドレスデザイナーやカタリナ姫と一緒にデザインや光の見せ方などの企画に一緒に加わってもらった。クロナは王城内でメイドという名の密偵も行っていたため、貴族社会のファッションやドレスにも詳しかったためだ。テイカーには、進行管理、職人との交渉、総合的なお金の管理をしてもらった。


 それにしても、女性の美や服に対する執着と言うか、真剣さには本当に感服した。デザイナーを始め、俺に対する要求が激しすぎた。開発期間中、俺の眉間にはずっと深いしわが刻まれていた。


 光りすぎてもいけない、ただ光るだけでは芸がない、光る方向を制御したい、魔石の大きさは何種類か用意しろ、光り具合のばらつきを抑えて品質を安定させろ、ラインが崩れるので魔石の入ったユニットは小さくしろ…、突き出される開発要求はとても厳しくて、さすがの俺も途中で何度もくじけそうになった。


 結果、様々な工夫が施されている。光る魔石自体の小型化に始まり、ドレスの内側と外側にわけて配置することで光の強弱や拡散具合を調整、炭を混ぜたコーティングによる光の方向の制御、電源魔石のユニットの小型化(パニエというスカートの形を保つ骨組みの中に配置した)、手袋内部にコード伸ばして中指や薬指を軽く曲げて行う点灯操作(光の制御はカタリナ姫自身がやっている)…俺の頭の中の全てを絞りつくした。


 こうして俺達『プレイヤーズ』による、最先端の光るドレスの開発は終了したのだった。


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