66◆西の辺境伯◆



「じゃあ…、テイカーから」


「はい、リュード、この『激走!ゲイルダッシュ!』は、どこかに売る予定がありますか?」


「いや、特にないかな。貴族に売れば、それなりにいい値段もつくだろうけど…、ただ売るだけじゃ面白くはないかなぁ」


「そうですね、ただ売るにはもったいないでしょう。では将来的な展望はありますか?例えば、これを全員が持ち寄って競争をするとか?」


 俺はテイカーの、センスというか商売人としての勘の良さに驚く。『激走!ゲイルダッシュ!』は、原理試作だが俺は前世で子ども達が、いや一部大人にも人気だったプチ4駆をイメージして作っていた。だから、俺が思い描く展望は、買った人間が自分で改造して速さを競うレースもののおもちゃになる。最も遥か先の話ではあるだろうが。スピードもパーツも、素材もまだまだ足りない。そもそも商品を改造する遊びが受け入れられる土壌から作っていく必要もあると思う。


「さすがだね、テイカー。そう、将来的には、テイカーの言うように全員が持ち寄って競争させるものにしたいと思ってる。いろいろな種類のパーツも同時に販売して、自分で車を改造したりしてね。まぁ、まだまだクリアしないといけない問題点が山積みだから、いつになるかわからない先の話だね」


「これで、問題点があるのですか…。わかりました。リュード、私はこれを、『プレイヤーズ』の見世物に加えて、紙芝居と別にお金をとるのが、今はいいかと思います」


「え、これでお金とれるの?」


「とれます!時間を決めて遊べるようにすれば皆、面白がって払います。遊んだ人の反応も同時に見れるでしょう」


「うーん、そうか。じゃあ、今度の紙芝居の公演から早速やってみようか」


「リュード君、いいかしら?」


「じゃあ、次、クロナお願い」


「リュード君、今回の『ゲイルダッシュ』は国王陛下に送ったりするつもりある?」


「え、いや、中途半端だし、あくまで原理試作だから」


「国王様には常にせかされているのだけど…、まぁいいわ、たぶんそう言うと思っていたし。というか、何か出来たら送ってくれって直々に言われていて、でも送らないってリュード君も大物よね」


「国王陛下から…、直接…な、なんという…」


 このやり取りをきいていたテイカーが、顔を青くしながら国王陛下がとブツブツ言っている。テイカーには、クロナは国からのひも付きであることを伝えたが、まさか国王陛下の名前まで出るとは思っていなかったのだろう。というか、改めて考えたら、クロナが言うように俺っておかしいな。でも今さら変えようもないので、それ以上考えるのをやめる。


「で、それがどういう関係があるの?」


「さっきの見世物にするってのは、私もいいと思うわ。ただね、リュード、今あなたは多くの貴族に注目されているの。それはわかってる?」


「『マギクロニクル』作ったからね」


「それだけじゃないのよ。去年の冬前に北の辺境伯のところで大迷路作ったでしょ?あれで北辺境伯がすごく自慢してるのよ。我が領に繁栄をもたらす人物だって褒めちぎっているそうよ」


「え、何それ、怖い」


「リュード君の同行は、細かくまでは追われていないけど西に向かったことは知られているわ。そしてここエリスリにいることは、もう西辺境伯は知っていると思うの」


「うん…それで?」


「会いたがっているでしょうね。北辺境伯に自慢されてるし。それでも声をかけてこないのはリュードが才腕御免状持ってるから、声の掛け方を考えていたりする…というところじゃないかしら」


「そうか、じゃあ会ってみた方がよさそうだね」


「辺境伯に会っておけば、他の貴族の抑えにもなるし、その方がいいわ」


「ただなぁ、会ってどうすればいいのかな」


「テイカーのさっきの提案でいいじゃない。『プレイヤーズ』の見世物の紙芝居とカードの販売、ゲイルダッシュよ。喜ぶと思うわ。そしてこれが大事なのだけど、街でやるより先に辺境伯に見せた方がいいわよ。おもしろいものが出来上がって、それを最初に見せたというだけで覚えは良くなるわ」


「そだね。わかった。クロナ、つなぎはできる?」


「いいわよ、待っててね」


「国王陛下が…貴族の…西辺境伯の前で…かかか、紙芝居…」


 俺とクロナの話がついたところで横を見ると、テイカーの精神がまだ戻ってきていなかった。





「そなたがリュードか。よく来てくれた。妾が西の辺境領伯爵アデーラ・エリザリスだ」


「お初にお目にかかります。リュードと申します」


 アデーラ・エリザリス西辺境伯は、40歳前後の切れ長の目をした赤髪の美しい女性だった。乗馬服と軍服の間のような服を身に着けており雰囲気としては宝塚の男役に近い雰囲気だ。ただ、立ち上る気配は、完全に戦う人間のもので、かなりの腕前を持つのだと思われた。


「そなたがエリスリに入ったと聞いてな。声を掛けようかと思っておったのだ。北のが1度は会っておくべきだとか、うるさくての。来てくれて良かった。して、リュードよ、今日は何を見せてくれるのだ?」


「はい、私と後ろにおりますクロナとテイカーは『プレイヤーズ』という冒険者兼行商のパーティを組んでおりまして、地方の村々で演目を行っております。今日はその演目と、最近開発した不思議な道具をお見せできればと思っております」


「ほう、それは興味深い。妾の縁者も本日は呼んである。では、小劇場で披露してもらうゆえ準備が整い次第、侍従に声をかけるがよい」


「は、かしこまりました」


 それから30分後、案内された小劇場と言っても30畳はある大きなホールだったが、そこで俺達は、いつもの紙芝居を始めた。


「『炎の竜戦士フィルガンと、イスタ姫』開幕です!」


 エリザリス西辺境伯を始め、その家族や親戚30人ほどの前で紙芝居を進める。これがまた大盛況だった。もともと子どもが理解できるシンプルな内容にしてある。そのため年少者の食いつきが特によかった。


 おもしろいのは、町や村の人間は絵、そして絵が付いているお話になれていないこともあって、全てにがっつりと食いついてくれる感じがあったが、貴族の子供達は、絵本などもあり絵にお話がついていることは、普通に受け入れていた。ただ、盛り上がるMC付きで、かつヒーロー要素のあるものは斬新だったようで、俺の語りとセリフにあわせて、いい反応を返してくれるものだから、こちらもかなり熱演させてもらった。


 その後のカードの売買もお金はとらずにサイコロだけ振らせて商品を渡したがとても喜んでいた。最終的には、子ども全員に全種類を渡すことになったが、しょうがないだろう。これだけ盛り上がるのなら、ヒーローものの定番玩具である変身玩具、なりきり玩具もなんとかして作りたい…そんなことを考えながら、俺は子ども達の相手をした。


 続いて見せた『激走!ゲイルダッシュ!』も好評だった。誰もが目を輝かせながら、止めては御者人形をのせて走らせてを繰り返している。子どもの興奮度が凄すぎて、親達から一時中止、続きはまた明日の命令が出たくらいだった。


 テイカーと、クロナに、皆の応対を任せて、俺とエリザリス西辺境伯は少し離れたテーブルで2人で話をする。


「のうリュードよ、そなたは北辺境伯の頼みをきいたのだろう?」


「頼まれはしましたが、北辺境伯が当初望まれていたものをお出しできたわけではありません」


「ほう、北のは何と言っていたのだ?」


「『マギクロニクル』のようなものをと望まれました」


「おぉ、あのカード遊戯か。妾はやらぬが、寄り子の者どもも、夢中になっておるようだ。なぜ、北の所で作らなかった?」


「『マギクロニクル』は、幾つのもの偶然と必然が重なって、開発に長い年月をかけて初めてできあがったものだからです。同じものを作れるかと言われると難しいと思います」


「ふむ、そうか。時間がかかってもいいゆえ、この領にて開発をせよ…、と我が領のものであれば命ずるところであるがな、才腕御免状を持つそなたに無理強いもできぬことはわかっておる。いずれ、エリスリも出ていくであろうが、ここでは、いつでもそなたを歓迎しよう。覚えておけ。」


「は、ありがたき幸せにございます」


「ときにリュード、そなたはおもちゃや遊びしか作らぬのか?」


「と仰いますと?」


「私の次女、カタリナが今年の冬の始めに南に嫁ぐ予定でな」


「はい」


「何、南の連中に無下にされることはないと思うがな。それでも母心と言うか、何かこう、南の者どもが驚くものを持たせてやってだな、西の、我らの心意気も知らしめておきたいと思うのだ」


「なるほど…」


「どうじゃ?何か思いつかぬか」


 さて困った。俺は一体何を作ればいいのだろう。


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