65◆異世界ミニカー『激走!ゲイルダッシュ!』◆
魔石は人間が手に持つと、それぞれの属性ごとの現象を起こす。触り続けると中の魔力はなくなり、ただの石になる。空になった魔石はチャージできない。
だが俺は魔石のチャージを可能にした。昆虫の神経を乾燥させた粉をもとにして作った神経棒で、魔石同士をつなげると容量が大きい方からチャージができるようなったのだ。そしてこの神経棒を介せば、魔石に直接、手が触れていなくても発動できるようになった。
でも、結局人間は神経棒に手を触れていなくてはならない。今回の迷宮鉱石はその先を行く発見だ。手が何にも触れていなくても魔石の効果を発動させることができる。このすごさがわかるだろうか?嬉しさが伝わるだろうか?俺のおもちゃ道がまた1つ前に進んだのだ!
◇
ということで、俺は再びスミルの店に行き、迷宮鉱石の純度や使うときのことについてあれこれと質問していく。最初は渋って教えてくれなかったスミルだったが、俺がおもちゃを作ること、そして今回の教えてもらう内容で、どれだけ素晴らしいことになるかを力説していたら「正直、何を言っているのかよくわからん。が、小僧、お前がものを作る人間だということはわかった。それに免じて武具でないなら、少しくらい教えてやってもいい」と言ってくれた。
その際に聞いたところ、迷宮鉱石を近くに置くと魔石が空になること自体は、スミルも周辺の鍛冶屋も皆知っているそうだが、だからどうしたという感想しかないそうだ。魔石自体に価値がないとされているので、そこから何かにつなげようという発想がないのと、迷宮鉱石を扱うのは鍛冶屋だけで、武器以外のものに迷宮鉱石を使う意味がないと思っていたということだった。
交渉をして、スミルから、迷宮鉱石のチップを売ってもらうことができた。チップは、迷宮鉱石を1度溶かして不純物を取り除いたもので、俺のこれからの実験に活用させてもらう。
◇
宿屋に戻る途中で木工職人の工房に行き、幾つかその場で三面図を描いて、職人に発注する。
宿の食堂で、クロナとテイカーに「また部屋にこもる」と宣言をすると、2人も慣れたもので「夕食だけは一緒にとろう」と返してくれた。ちなみに俺が部屋に籠っている間、2人は何をしているかと言うと、ギルドで何かの依頼を受けたり、適当に休んだり、最近では紙芝居用の商品を作ってくれたりしている。
部屋に入ると、俺は迷宮鉱石チップを使って様々な検証実験に入った。人が触れなくても魔石の力を引き出すことができる。そうはいっても、それが、どのくらいの大きさならいいのか、魔石にどう触れていればいいのか、その純度は、形状は…と幾つも検証しなければならないことがあった。そのまま使ってみたり、粉にして『スライム粉』で固めてみたり神経粉を入れてみたりといろいろと試した。
途中で木工職人から依頼していたものが出来上がったと連絡が来たので、受け取ってから、組みこんでみたり、ばらして調整してみたり…時間がどんどん過ぎていく。断然、迷宮に行くよりも楽しかった。
そして10日後の夕食後、俺はクロナとテイカーを部屋に呼び入れた。散らかった部屋の惨状を見て、クロナはため息をつきテイカーは「せめてもう少し片づけてほしいものです」と小言を言ったが、俺には全く響かなかった。
「2人とも見てくれ、これだ!」
俺は部屋の中央に置いた試作に被せておいたシーツをばさりと取った。
◇
シーツの下から現れたのは、Oの字の形をした車のサーキットコースだ。2車線あり、それぞれの車線は左右が壁になっている。楕円の長い方、ストレートになっているところには、片方にスタートライン、反対側に立体交差がついている。
前世で小学生に人気だった、プチ4駆のような車が2台、コースのスタート位置に置かれているが、車体の中央は大きく抉れた穴になっている。
「これはいったい…何?」
「ふふー。これは、『激走!ゲイルダッシュ!』だ!」
「「ゲイルダッシュ?」」
2人は怪訝な顔をして車を見る。
「車輪がついているから動くものだとは思うのですが…。この板でしきられた道は?これは一体何なのでしょうか」
「じゃあ2人とも、これを持ってくれ」
俺はそう言って、懐から取り出した迷宮鉱石でできた青黒い小さい人形を取り出す。人形と言っても上に球体の頭と下に円錐形の体が付いただけのものだ。頭部には、やる気に満ちた顔を白い塗料で書き込んである。
「これは御者だ。これを、その車の穴に入れてみて」
本当は運転手、操縦者なのだが、御者と言ったほうが伝わると思った。2人が人形を、車の穴にさした瞬間、シュオンッと車が走り出した。
「「!?」」
車はコースを10秒ほどで一周し、立体交差で外コースと内コースを変えながら走り続ける。中の風の魔石から噴出される風が動力になっている。壁に当たった風が吹きあがり、スピードはそこまで早くないのに、変な迫力がある。スピードはプチ4駆の30%くらいなので、まだまだ不満はあるが、この世界でおそらく初めての自走車だ。
クロナとテイカーは口をポカンと開けたまま、走り続ける車を見ている。俺はコースに手を入れて車を掴むと、人形を抜いて車を止めた。
「ねぇ、何なの、これ?何なの!?」
「一体なぜ馬車を?馬車?風の魔石ですか!?いや、馬がいないから車?というべきか!?…これは、すごいですよ!なんですか、これは?すごいですよ!」
テイカーが若干バグってるのが少しおかしかった。すでに俺は、風の魔石で笛を鳴らす楽器を作っているのだから、そこまで驚かなくていいのではと思うが、目に見える動力がないのに、ものが動くという認識がなかったようだ。前世で初めて自動車を見た人が、かなりおったまげたという記事を呼んだことがあったが、そういう感じなのだろうか。
しかし風の魔石は使い勝手が良く本当に便利だ。中でも加工・調整すれば出力の出るハーピィの魔石は俺の一番のお気に入りだ。ハーピィを見ると魔石にしか見えない。クロナには嫌がられたが、今までも、とにかくいると聞いたら狩ってきた。害獣、魔物だからしょうがない…せめて使い倒して供養しようと思う。
それから2人は何度も何度も、人形を抜き差ししては走らせは止めて、と楽しんでくれた。クロナまで面白がってくれたのは意外だった。「だって、勝手に走るのよ、なんか見ててかわいくなってくるわ」といまいち俺にはわからない感想を言っていたので、今度、ぬいぐるみを被せたもので走るのを作ってみても面白いかもしれない。
「リュード、この『激走!ゲイルダッシュ!』は、今後どうするのですか?」
「そうなんだよね、作ったはいいけど、どうしようかな。俺としては2人以外にもいろんな人に見せて反応を見てみたいのだけど」
「そうですね、ちょっと提案があります」
「私からも提案があるわ」
クロナとテイカーが同時に声を上げた。
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