64◆迷宮鉱石◆



 迷宮からエリスリに戻った俺達は、宿屋のサウナで汗を流し、ひと眠りすると食堂で落ち合った。休んで体の疲れはとれたものの、精神的なものが残っているのか皆の目の下にうっすらと隈ができている。


「あんな真っ暗な中に定期的に潜る冒険者とか…やばいね」


「全くです。しかし今回は皆、少し意地をはってしまいましたね」


「もう2度とごめんよ。気が滅入ってしょうがなかったわ」


「そうだね、欲しい素材があったら、少し高くついても依頼を出すか買うようにしよう。まぁ、とりあえず無事に帰ってきたことに乾杯―」


「「乾杯―」」


 俺達は迷宮で沈んだ気持ちを振り払うように飲み、食べ、騒ぎ、その後再び気が済むまで寝た。





 翌日、俺は鍛冶屋達が集まっている職人街の「スミル武具屋」という店にいた。


 今回採れた鉱石のことを教えてもらうのと、剣を久しぶりにきちんと手入れをしてもらおうと思ったからだ。最初に持ち込んだ鍛冶屋で、俺の剣を見た職人が「おい!これはスミルの親父の剣じゃねえか!馬鹿野郎、俺がいじったら親父に怒られちまう。親父の所に持っていけ!」と突き返してきた。よくわからないまま、スミル武具屋の場所を教えてもらい、ここにたどり着いた。


「おう、小僧、お前の腰のを見せてみろ」


 店に入るなり、カウンターに座った背の低い髭面のおやじに声をかけられる。この世界にドワーフはいないが、髭もじゃで筋骨隆々で背が小さい…という姿は前世のファンタジーにあったドワーフそのものだ。薄暗い店内には武器はほとんど並んでおらず、閉店しているのではないかと思える店だった。


「あなたが、スミルさんですか?」


「あぁ。ほら、見せろ」


 しょうがないので、手を伸ばし続けているスミルに、腰の剣を鞘ごと渡す。スミルは、しゃらりと剣を抜くと様々な角度から剣を観察し、立ち上がって何度か剣を振る。


「ふん、わしの剣だな。これはあれか、パスガンに作ったやつか?頑丈さと素直さ…あぁ、4本目か。」


 俺だけでなく、上の兄2人も父親から剣を贈られていたはずだ。父親自身の剣も含めて、俺のは4本目に造られたということなのだろう。しかし、自分が作ったものといえど覚えているのはすごいと思った。


「小僧、お前はパスガンの息子か?」


「3男です。冒険者をしています」


「うむ…扱いは悪くねえが、振りの最後が少し雑だな。剣先の少し手前で、微妙な引っ掛かりができちまってる。剣は最後までしっかりと振り切れ」


「そこまでわかるものですか?」


「作った本人だ、わかる…と、言いてえところだが普通の剣じゃ、そこまでは分からねえ。俺のは迷宮鉱石をいい具合に混ぜ込んでいるからな。わかる」


「迷宮鉱石!それは、これのことですか?」


俺は懐から、迷宮鉱石を取り出して見せる。


「おう、持ってんのか。どれ見せろ…。坊主、運がいいな、純度も高そうだし、

サイズもまぁまぁだ。うちで売るなら色をつけてやるぞ」


「スミルさん、」


「スミルでいい」


「スミル、俺はこの迷宮鉱石を初めて手に入れたんだ。どんなものか全然知らなくて…よければ少し教えてほしいんだ」


「なんだ、小僧、そんなことも知らずに、これ振ってたのか。そうだな。この剣握ってどう思った?」


「すごくなじむし、使いやすいし、振ってる時の重心や剣先まで感じられる」


「それが迷宮鉱石の力だ。いいか、まずこれはな…」


 スミルに教えてもらったことをまとめると、この迷宮鉱石というのは、溶かした状態にして、鉄を熱するときや鍛えるときに使う。鉄自体にはわずかに粘りが出るくらいの変化しかないが、その真価はできあがった剣に現れる。


 迷宮鉱石を使用して出来上がった剣は人になじみやすくなる。俺自身もこの剣を受け取ったとき吸いつくような、同調するような不思議な感覚を覚えた。そのときは父親がわざわざ作ってくれた良い剣だから、そう感じたのだろうと思って流してしまい、その後も、この剣やたら扱いやすいなぁとしか思っていなかったが、それはこの迷宮鉱石の力だったのだ。


 よくよく思い返せばおかしいことに気がつく。手にしてすぐに剣先の届く距離がはっきりと知覚できた。振ったときの重心の流れ、斬る際の断ち切る組織の違いも細かく把握できた。長年使い込んだ剣でも、おそらくここまでなじむことはないだろう。


 …なるほどなぁ、そうだったのかと納得する俺の頭の中を、何かがチリリとよぎる。


 スミルは、温度や迷宮鉱石の純度、元となる鉄の状態、叩き方などで、迷宮鉱石の力の引き出し方が変わってくる、そしてそれがエリスリの街で一番うまいのが自分だと笑いながら熱く説明してくれた。


 …しかし手の延長のように感じるってどういうことだろう?と疑問がわく。鉄に混じった迷宮鉱石が、人間の神経感覚を延長させているということなのだろうが、それはどういう原理なのだろうか。


 …迷宮鉱石は、人間の出す何らかの波長みたいのと同調しているとか?


 再びチリッとしたものを感じた瞬間、俺の頭にスパーンと雷が落ちてきた。


「ス、スミル、ごめん、ちょっと急用を思い出した!」


「お、おい、小僧!」





 俺は全速力で宿屋へと戻った。食堂でクロナやテイカーが何か言っていたが、何も聞こえなかった。部屋に入って、手に入れたばかりの夜属性の魔石をテーブルに置く。素手で触れてしまったので、魔石の周りを黒い靄がかかっていたが、すぐに薄れて消えていく。


 俺はドキドキしながら、夜の魔石の横に迷宮鉱石を置く。すると、手に触れたほどではないが魔石の周りに、薄く黒い靄がかかった。


「うぉっしゃぁぁああああああああーーーーっっ!!!!」


 俺は、思わず大声で叫んだ。


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