38◆初めての仲間(強制)◆



 御前試合から3日後、俺は再び王宮にいた。試合の場にいた口髭のダンディな貴族

ザルシャド準男爵と会うためだ。俺が通された部屋で待っていると扉がノックされる。返事が必要なことに気づいて、慌てて「どうぞ」と返すとザルシャド準男爵とトレイを持ったメイドが入ってきた。


「リュード君、掛けてください」


 油でしっかりと撫でつけたセンター分けの黒髪に口ひげもピンと整えられており、背筋もシャッキリと伸びたザルシャド準男爵は、まさにダンディが人間の形となったかのようだった。メイドがテーブルにゆっくりとお茶を用意していく。何かメイドの方から、こちらを伺う気配がするが目は伏せられており、何も話してこないのでそのまま流す。


「さてリュード君、少し話をしましょう。貴方も急なことで、まだ理解できていないこともあるでしょう」


「はい」


「まず私は、イーネス・ザルシャド準男爵と言います。準男爵は爵位ではなく肩書なので、苗字はいただきましたが身分は平民です」


「はい」


「ですので、私に対して緊張したり、発言に気を使う必要はありません。もっとも国王陛下相手にも、それほどかしこまっていなかったように見受けられましたが」


「そんなことは…ありません」


「まぁいいでしょう。ではまず私の仕事に関してお伝えしておきましょう。私は、王国調査室の室長を拝命しております。王国調査室、ご存じですか?」


「いえ、知りません」


「王国調査室は、王国内の庶民の暮らしや物価、街道の行き来、そういったものを調べて、王国をより豊かにするための調査をする部署になります」


「はい」


 話を聞きながら俺は冷や汗をかいていた。説明の通りに受け取ってはいけない。王国調査室…これは国の諜報機関で、おそらく国中に調査員がいるのだろう。国だからそういう機関があるのは当たり前なのだろうが、あまり内容を聞きたくない。少し息を整えようと顔を上げたら、ふとザルシャド準男爵の後ろに、お茶を持ってきたメイドが退室せずに壁際にいたのが目に入った。


「クロナ、君も座りなさい」


「はい」


 ザルシャド準男爵は、俺の様子に気づくと、後ろのメイドに声をかけ、俺の横に座らせた。なぜ横?あ、ちょっといい匂いがする。


「気づいていると思いますが、調査の中で荒事になることもありますので、私達もそれなりの腕はあります」


 それは気になっていた。ザルシャド準男爵もメイドさんも足音がほとんどしない。それなりどころか、俺よりも強いだろう。


「クロナ、挨拶しなさい」


「はい。初めまして。リュード様。王国調査室の調査員クロナと申します」


 そういって頭を下げるメイドさんを見る。年は20歳すぎだろうか。濃いブラウンの髪に青い瞳、垂れ目がちの大きな目、すっと伸びた鼻筋に、艶を含んだ厚めの唇…と非常に色っぽい顔をしている。体の方も、胸がしっかりと自己主張していて、それでいてウェストはくびれており、腰の位置も高い。なんというかパーフェクトお色気お姉さんだった。


「は、はい、リュードです。よろしく、お願いします」


 俺はドギマギしながら答える。


「クロナ、崩していいぞ」


 ザルシャド準男爵が言うと、その瞬間、女性の雰囲気ががらりと変わった。


「ふぅ~、やったわ!今回の仕事大当たりね!こんなイケメンと一緒に旅をして、見守り役するだけでお金もらえるなんて…、あぁ、ようやく解放されるわ!この狭苦しいところで、メイドの噂話聞き続けるのって、かなりの苦痛なのよ!?」


「…」


 俺は驚いて言葉も出なかった。ザルシャド準男爵は、崩しすぎだとため息をついている。


「クロナ、本当は君ではなかったのだ。リュード君は最初、男をつけてほしいと言っていた。国王陛下が、それを聞いた上で、君をつけることになったのだ。あまり、調子にのると交代することになる」


「え、そうなの、ごめんなさい、リュード君。お願い、変えるとか言わないで。私、結構強いわよ。いろいろ役に立てると思うから。あ、もし、夜も一緒に寝たいとかだったら、もうちょっとお互いに知り合ってからだったら…」


「クロナ。その辺にしておきなさい」


「は、はい…」


 王命で断れないのはしょうがないが本当に男がよかった…。気兼ねなく旅がしたかった。今からでも断れないかと、チラリとザルシャド準男爵を見る。


「リュード君、残念だが諦めてもらうしかない。だが、せめて君に2つの安心材料を渡そう」


「はい、お願いします」


「1つ目、支度金を渡そう。これも王命だ。何も言わず受けとっておきなさい。仲間を募ったり、必要なものはいろいろとあるだろう」


「ありがとうございます。喜んで頂戴いたします」


「うん、それでいい。そしてもう1つ。君のことを逐一、国王陛下に報告をする予定はない。そういう命令も受けていないからね」


「それは…?」


 どういうことかと訊ねようとする俺に、ザルシャド準男爵は被せてくる。


「君は何か隠しているものがあるね。近衛騎士団長との試合の中で、絶対にそれを出さないようにしていた。君の実力を計るのが王命だったから、近衛騎士団長もなんとかそれを引き出そう、そういう戦い方をしていた。やりにくかったろう」


「はい」


「リュード君、1つ忠告を上げよう。君は変なところで素直だから、使わないと意志を持った時点で、それが君の目に、動きに出てしまっている。ここだったら使えた、みたいな気が戦いの最中にもれていたよ。もし今回のように奥の手を見せたくないのなら、戦う前から完全に忘れるくらいでないと駄目だ」


「ありがとう…ございます」


「それでだ、今後の君が旅の中で、何をしようがクロナは言いふらしたりもしないし、王への、もちろん私への報告もない。それだけだ」


「それでいいのでしょうか?」


「こちらが付けた人間を、君が信用できず、戦いの中で奥の手を出せなかった結果、君に死なれてしまう…そうならないようにと国王陛下はお考えだ」


「理解しました…」


「信じるか信じないかは君次第だがね。『何かおもしろいものができたら、俺にも送れ』国王陛下の伝言だ」


「はい。わかりました。ありがとうございます」


「よし。クロナ、準備をしてきなさい」


「はい、ではリュード君、ちょっと待っててねー」


「リュード君、彼女の支度が終わるまで、私にもう少し付き合ってくれないか。ちょうど私も手に入れることができてね」


 そういってザルシャド準男爵が懐から取り出したのは『マギクロニクル』のデッキだった。


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