39◆王都の冒険者ギルド◆



 大きなカバンを持ったクロナと一緒に王宮を出る。格好はメイドのままだ。俺も男なので、一応カバンの1つは持つ。


「優しいのね。ありがとう。…で、リュード君どうするの?」


「まずは、この荷物もあるから、エルソン男爵の屋敷に向かう」


「あとは君の」


「君は嫌よ」


「えっと、クロナさん」


「さんもいらないわ」


「わかったよ、クロナの着る服とかを買わないと。」


「服買ってくれるの!」


「うん、旅をするのに必要な服とか持ってないだろ?」


「あぁ、そういう服」


 クロナのテンションが上がったり下がったりするのを見て、俺は苦笑しながらも、改めてこの流れを受け入れることにした。というかどこの段階でも拒否などできなかったし、そもそも選択肢もなかった。しょうがないのだ。なら受け入れて少しでも楽しくやるだけだ。





 旅に出て、やりたいことは幾つもある。ただ、このままクロナと2人で旅に出るのはさすがにきつい。安全面でもだし、俺の理性がもつかどうかもある。だから仲間を探そうと思う。もともとクロナのことがなくても、冒険者ギルドに行って仲間にできそうな人間がいるか探してみるつもりだった。


 あわせて、旅に使う馬車も欲しかった。おもちゃを作るのに少しでもヒントになる可能性があればと、鉱物、植物、魔物の素材などを俺は貯めこんでいる。故郷のエルソン領を出て王都に来る20日ほどの間だけでも、俺の背負い袋は素材で膨れ上がった。この先も考えると荷馬車が欲しい。


 コルコス領を旅した時に道を共にした行商人は、やたらとパロ(ロバみたいな生き物)を推していた。馬に比べ速度は遅くなるが、力が強く頑丈で、人懐っこくかわいくて、粗食に強い上に草以外に雑穀も食べるので楽ということだった。実際に、その行商人のパロはかわいかった。


 そんなことを、通りに面した食堂で俺はクロナに話していた。


「ふーん、リュード君はやっぱり変わってるのね。しかしあれかー、将来性は高いから今のうちに手を付けておくのもありかなー。うーん、私本気出しちゃおうかしら」


 そう言ってボリュームのある胸を寄せる。今のクロナの格好は、冒険者が着る服をアレンジしたものだ。冒険者が着る服は、生地が厚めで丈夫だったり、袖が何重にも捲られていたり、ポケットが多めに縫い付けられていたりと、独自の工夫がされている。ちなみに袖が捲られているのは、予備の当て布になるからだ。その冒険者の服の胸部分を、大きくカットして胸の上半分が大胆に見えている。


「胸、開きすぎじゃない?まぁ、色っぽくていいけど」


 ドキドキしながら言う。そういえば前世でアメリカ育ちの女性社員が、やたら胸の開いたシャツやキャミソールを着ていた。俺はそれをどう見ていいかわからずに、眉をしかめていたら「汚いものを見るような目で見ないでよ!」ときれられたことがある。正解がわからず、後でモテイケメン同僚に聞いたら「見せたいんだから、見ていいんだよ。ちゃんと見て笑顔でセクシーだねって言えばいいと思うよ」って言われた。さすがモテイケメンは違うと思った。


「アハハハ、がんばって言わなくていいわよ」


 すごく笑われた。俺はやはりモテイケメンにはなれそうにない。





 俺達が向かったのは、荷馬車を売っている工房ではなく商人ギルドだった。クロナが言うには荷馬車やパロは、商人ギルドに所属している商人でない買えないということだったので商人ギルドの受付で登録をする。ギルドの許可証は露店、屋台、店、行商と分かれておりそれぞれに登録金額が異なる。登録料だけで500リム(大人が1人、30日暮らすのに少し足りないくらいの金額)かかる上に、行商は180日、半年ごとに荷馬車1台につき1枚の許可証を300リムで買うと説明を受けた。


 その許可証を持っていないと町や街に入るときに、税金を払わなければならない仕組みのため素直に買うのが結果安く上がるそうだ。王都の登録料が他の街よりも一番高いと言われ、賢い人は王都近郊の他の街で登録してから王都に来るものだとクロナに教わった。クロナは王国調査室所属のためか、様々なことをよく知っていた。


 商人ギルドで登録を終えて、俺は工房に行き荷馬車とパロ2匹を購入した。貴族街のエルソン男爵邸に運んでくれと伝えたら「そんな所に荷馬車なんか運べねえ」と断られたので、しばらく工房に預かってもらって、そこで俺が荷馬車カスタムをすることにした。





 次に向かったのは冒険者ギルドだ。俺がいたエルソン領をはじめとする地方の街や町では、冒険者ギルドと言えば、底辺のたまり場、犯罪者と紙一重の人間しかいないなどと言われる危険な場所だった。俺も登録にいった初日に絡まれるイベントが発生した。


 だが以前縁のあった女性の冒険者ローノによると王都の周りは治安もわりとよく、犯罪者や食い詰めたものはスラムに行くらしく、王都の冒険者ギルドは女性冒険者もいるほど安全だということだった。懐かしいな、ローノは元気だろうか。今頃は南の港町にでもいるのだろうか。


 俺はクロナと一緒に冒険者ギルドの扉を開けた。むせかえるような体臭とか、やたらギラギラとした視線とか、隙があれば何か奪ってやろうという剣呑な気配はなかった。カウンターに座っているのも傷だらけのいかついおっさんではなく、普通の青年だ。ギルドの奥のテーブルが並んだ場所では何組かの冒険者達がたむろっていた。体格がよく、いかついのも何人かいるが、入ってきた俺達を、ちらりと見るだけだった。


 俺は王都のギルドで活動する気はないので登録はしない。エルソン領での冒険者ギルドの登録タグと併せて、商人ギルドの許可証も持っているので、俺の身分は冒険者兼行商人だ。同行するクロナの身分を証明するものが必要だったので、未登録だったクロナの分を登録しにきたのだ。


 クロナの登録は何事もなく終わり、受付カウンターを離れようとした時、バタンと扉が荒々しく開けられて数人のいかつい冒険者達が数人入ってきた。


「ひゅ~いい女じゃねえか!」


 そいつらは、俺達の前まで来ると、ニヤニヤと笑いながら大きな声でがなり立てた。


「姉ちゃん、俺らと楽しく飲みにでもいかねえか?」


「そうそう、そのまま夜の冒険にも一緒に行こうぜ!」


「大丈夫だ、ちゃんと金も払ってやる、ちょうど金もできたとこなんだ」


 あ、よかった、こういう人達もいたと、俺はなぜかほっとする。クロナは俺を振り返り、目を潤ませながら怯えた演技をする。


「お願い助けて。私、この人達に変なことされちゃう…」


「絡まれたのはクロナだから、自分で」


「ちょっと!ひどくない、それ!男の子でしょ!?」


「だって、クロナ俺より強いでしょ?」


「むぅ…、しょうがないわねぇ」


「なんだ、おめえら、なめてんのか」


「おい…、おめえら、もうただじゃすまねえぞ」


 俺達の会話を聞いていた冒険者達の雰囲気が変わった。


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