37◆御前試合と抜けている人◆



「そりゃっ!」


「ていっ!」


 俺の肩を突こうとする近衛騎士団長の右手の木剣を、腕につけた小盾ではね上げる。一拍遅れて、横なぎに振られた左手の木剣に、俺の木剣をあわせて、巻き上げるように回転させて軌道をそらす。本当ならそのまま剣を絡めとって弾きあげる技だが、近衛騎士団長は異様に筋力があり、軌道をそらすだけ精一杯だ。


 父親相手に戦うときも、そのでたらめな力に俺の技は正面から潰されたが、それを双剣で、しかも甲冑を着込みながらやるとか、この人どれだけヤバイんだと俺は焦りながら剣を振る。


 なぜこんなことになったのか。なぜ俺は国王の前で試合をしているのか。何度思い返しても、選択ミスをした記憶がない。


「考え事をする余裕があるのかっ!うらっ!」


 同時に襲ってきた重たい双剣を懸命に受け流し、俺は近衛騎士団長のすねを思いきり蹴りつけるが、ガキンと武骨な音をたてるだけで、ダメージが通った様子はない。


「ちっ」


 息を整えながら改めて見回すと、ニヤニヤした顔の国王、表情を一切変えない宰相ヴァルド侯爵、青い顔をしたエルソン男爵とエイデン老、数名の近衛騎士と知らない髭の男性が1人、俺達が戦うのを見ている。


「どうしたっ!まだまだ終わりではないだろう!ほぅらっ!」


 剣を交差しながら迫ってくる近衛騎士団長の横を、地面に飛び込むように転がりながら避けて、俺は距離をとる。そう、奥の手だ。この世界では、俺以外に使える人間はたぶんいない、俺だけの複合魔法。この複合魔法を、この場で使うのは、とても不味い気がしている。


 魔法を使える人は3人に1人はいて、さらにその中から貴族や国に召し抱えられるほどの才能、魔力の量を持つ人間がたまにいる。ただ、どの人間も1属性までで、この世界の常識として2属性をまともに使える人間はほとんどいない。


 以前に盗賊退治で、やむを得ず土と風の複合魔法ストーンアローを使ったが、あの場にいた人間は、おそらく俺が何をしたかもわかっていないと思う。だが、今俺達の闘いを見ている人間には魔法に造詣が深い人もいるだろう。そんな中で、2つの属性を混ぜて使う人間がいたら…、俺は完全な異能者扱いされる気がする。王宮にて魔法を研究せよとか言われたら、さすがにもう断れない気もする。


 もう1つあるのは、複合魔法を使っても負ける可能性が高いことだ。複合魔法は初見殺しだが、父親などの超一流の豪の者には全く通じないし、近衛騎士団長も、俺が何を出したところで何も動じないだろう。時々、このタイミングでなら魔法を!と、どうしても頭をよぎってしまうが、それを我慢して心の奥に沈めていく。


 近衛騎士団長は、俺の実力を全て出させようとしているのだろう、俺が対応できるギリギリのラインを徐々に上げていくという非常にうっとうしい戦い方を仕掛けてくる。


 しょうがないと、俺は覚悟を決めた。


 近衛騎士団長の木剣は左右のどちらも重く激しく振られるが、その中でも決め技になる振りがある。右、左と振られた後の右突き。大怪我するかもしれないが、どうにかなるだろうと腹をくくり、俺は回避を捨て、その右突きに自分から突っ込んだ。


「ぬぅっ!」


 さすがの近衛騎士団長も、自分から突っ込んでくる相手にはどうしようもなかったのだろう。咄嗟に剣を引いてたが、俺は突きを右胸で受け止め…、吹っ飛んで気絶した。





 俺が目を覚ましたのは、吹っ飛ばされて少し経ってからのようだった。中庭にはいつの間にか椅子が置かれており、皆がそれに座って俺を見つめていた。神父の服を着た教会の治療師が、「大丈夫です。治りました」と告げると、その場にいた皆が少しほっと様子を見せる。


「そこに座れ、リュード」


「はっ」


 国王が渋い顔で椅子をすすめてきたので、俺も開き直って腰かけた。


「リュード、お前は馬鹿なのか?負けるのなら、なぜ参ったと言わなかった?」


「え…言えば終わっていたの…ですか?」


 参ったと言えば、終わっていたのか…。本当にわからなかった。父親との修行では、弱音を少しでも吐いたら冒険者になるの禁止と言われていたし、手合わせをしても「参った」という言葉で終わったことがなかった。なので、降参をするという発想が出てこなかった。それに気づいて愕然とする俺を、国王が変な生き物を見るような目をして眉をしかめる。


「『マギクロニクル』のようなものを作ると思えば、どこか大きく抜けている。鍛えられてはいるが、勝つことに重きを置いていない。俺と話す時にも、平民にある恐れの色がない。なんなんだ、お前はいったい」


 そう言われても答えようがない。「転生したおもちゃ屋です」と言えるわけもない。貴族を見る目に恐れがないのは、前世の影響だろう。


「ふん。まぁいい。ザルシャド。こいつに人を付ける。どうだ?」


 ここで初めて、取り巻きにいた髭の男性が口を開いた。黒髪に赤茶の瞳。口ひげを生やしたそのダンディな男はじっと俺を見ていたが、にやりと口角を上げる。


「おもしろいですね。男2人、女1人候補がいます」


 なんのことかわかっていない俺は黙って成り行きを見守るしかなかったが、

それに気づいた国王が教えてくれる。



「リュード、お前はおもしろい。『マギクロニクル』も貴族の派閥を越えてしまうような全く新しいものだ。そんなものを頭から生み出すお前は、自分の重要性をわかっていない」


 エルデン老やエルソン男爵がしきりに頷いている。


「お前はそれなりに強い。だがお前を自由にしすぎて、どこかで死なれてもつまらん。その辺を見極める意味で試合をしたのだが、俺の心配は当たっていたようだ。お前は抜けている」


 「お前は抜けている」前世でも何度も言われ続けた言葉だが、世界を越えても言われるとは思わなかった。いや次兄のセンドによく言われてた。


「だからお前に人をつけてやる」


「…はい」


 いりませんとは答えられなかった。でも大所帯は嫌だなぁ、そう思ったのが顔に出ていたのかもしれない。


「付けるのは1人だ。多くは付けられんし、お前も嫌だろう。おい男と女どっちがいい」


「男でお願いします」


 俺は速攻で答えた。


「よしわかった。女だな。ザルシャド」


「心得ました。それでは少々お待ちください」


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