35◆エルソン男爵の怒り◆
「リュード、今回は本当にやってくれたな…」
農夫のような小太りのエルソン男爵オリバー・ベルンストが、泣きそうな顔で額に青筋を浮かべるという器用な状態で俺をにらむ。
「あの…、私は何故お叱りを受けているのでしょうか?」
「はぁ~~っ」
エルソン男爵の隣に座っていた元宰相補佐、サンタクロースのような見た目のエイデン老が、わざとらしいほどのため息をつく。
「リュードよ、まず大会の司会、進行はよかった。大会は成功だったと言える。お主のおかげでスムーズに進行できたし、結果どの貴族も喜び、大会の終わりには、わしやオリバーに口々に賛辞を寄こしてくれた。まずはご苦労じゃった」
「はい、ありがとうございます」
「…じゃが、今問題としておるのは、その中のおぬしの発言じゃ」
大会が終わった後のMCの中で、変な雰囲気になりかけたことを思い出す。大会が終わってホッとして気を抜いていたので、今この瞬間言われるまで忘れていた。
「えっと、何かまずい発言だったでしょうか…?」
「やっぱりわかっておらなんだか」
「リュード、カードの売り方を改めて皆に説明する時、『これは誰が言ってきたとしても絶対に変えることはありません!』と君は言ったね?」
「はい、カードの販売側としてとても大事なことですから」
なにか、ちょっと嫌な予感が沸いてくる。
「あの場で言うのにふさわしかったのはな、『例え、この場のどなたに言われたとしても』、いや皆、領の代理人として来ておる建前があるから、『この場にいる皆様の依頼人である貴族のどなたに言われても』になるのじゃ」
「つまり…?」
「あの発言はね、たとえ国王陛下であっても変えられないと高らかに宣言をしたのと同じことになるのだよ」
「な、なぜですか?」
「そういうものだからとしか答えようがないね。あれだけの強い発言は、滅多に使うものではないんだよ。今回は、貴族達が集まってゲームをしただけの非公式、おまけに参加者は仮面をつけて本人ではないという建前があるのが、まだ救いではあるけどね」
そんなこと言われても知らんがな…。俺の素直な感想だった。
「あの場にはのう、実は宰相もいらっしゃってのう」
知らんがな…。
「いくら非公式な場とはいえ宰相もいらっしゃっては、国王陛下に報告をせざるをえない。あくまで噂話として報告をあげる形だが」
知らん…がな…
「そうするとの、国王陛下は、『エルソン男爵に、その噂話の真偽を聞いてみたいな』と、これも非公式に会談を設けることになるじゃろう。今回の大会の噂話は宰相以外からも入るであろうから、『マギクロニクル』にも興味を持つじゃろうし」
知ら…ん……。
「もちろん翻意もないし、商品の売り方の説明するのに少しだけ表現が行き過ぎたということで落ち着くとは思うのだけどね…」
「もしも、もしもじゃよ、リュード。国王陛下に『では、余が望んだとしても、余の欲しいカードを売ってはくれぬのか?』と聞かれたらどうすればいい!?あれだけの貴族の前で高らかに宣言したんじゃ、今更引けんじゃろう!?かといって国王陛下の頼みを、男爵のうちが断るなど…どうすればいいんじゃ!」
「ハ、ハハッ…長らく歴史を紡いできた我がベルンスト家もとうとうその幕を閉じるときが来たか…」
俺どうすればいいの?俺の発言が原因なのはわかるけど、こんな事態になるなんて、予測なんかできなかった。
「どうすればいいんだろうねぇ…」
「どうすればいいと言うんじゃ…」
サンタクロースと農夫が恨めしそうな目で俺をにらむ。
いや、本当にどうすればいいの?
◇
それから5日後。俺はエルソン男爵とエイデン老と共に王宮の一室にいた。
結局、あの後何もアイディアが浮かばなかった俺が、「スターター、ブースターを献上して、後はもう、…そうですね関連はあるけど違う話題とかを振って勢いでごまかすくらいしかないのでは?」と呟いたら、では君も一緒に行こうという話になった。相手王様で、俺平民です、嫌ですと拒否したら、事前に連絡をすれば大丈夫だと言われ、それでも嫌だと言ったら「そもそも君のせいなんだ!」とエルソン男爵にきれられて、結局押し負けた。
30畳ほどの広さの部屋の中央に、大きなソファーとテーブルが置かれている。エルソン男爵とエイデン老はソファーの横で立ったまま、俺はさらにその後ろで片膝をついて待機している。
しばらく経って、ノックもなしに大きな扉がバンと開き、2名の近衛騎士が入ってきた。そこまで見たところで俺は目を下に向け頭を垂れた。これから許可が出るまで王様の顔も見てはいけなし、答えたりしてもいけない。
王様の後ろにもう1人分の気配がするが、これは直前にお会いした宰相、ヴァルド侯爵のものだろう。ちなみに宰相は、公式大会の時にいた視線だけで人を殺せそうな貴族だった。
俺は下を見ているので、会話だけしか聞こえない。苦しくないとか座れとか、公式の場じゃないから口調は許せとか、幾つかのやり取りが終わり、話は『マギクロニクル』へと移っていく。
「では、『マギクロニクル』とやらを見せてもらおう」
「こちらにございます」
「ふむ…ほう…ほほう…皆の噂に聞いていたが、これほどのものとは思わなかった。確かにカードの1枚1枚の出来もよく、きれいだ。描かれている絵もまたよいな。なかなかいいものを作ったなエルソン男爵」
「お褒めに預かり光栄でございます」
「ヴァルド侯爵、お前はこれの遊び方を知っておったな?」
「は。先日の大会でも3位となりました」
「ほう、宰相で知恵者のお前が3位か。おもしろいな。明日時間をとる、遊び方を教えてくれ」
「御意」
「それで、エルソン男爵よ。お前は『マギクロニクル』は、例え誰であっても売り方は絶対に変えぬと宣言したそうだな?」
「はい、申しました」
「それは、誰であっても、つまり俺であってもか?俺が頼んだとしてもだめか?」
「はい、変わりませぬ」
2人の会話を聞きながら、少し前世を思い出していた。俺が新人の頃、大きなトラブルを起こして、客先に謝りに行った際、こんな感じのタイミングで上司に「こいつがやりました」的なことを言われたことがある。今思えば、その上司のチェックミスや監督が不十分だったことも原因の1つじゃないかと思えるが、当時は心底驚かされた。なので今回のエルソン男爵のように、上位者に対しても自信を持って堂々と対応してくれる人は信用できるし、ありがたい存在だ。
しばらく沈黙が訪れる。数秒もなかったと思うが、国王陛下から漂ってくる圧も凄く、俺は生唾を飲み込んだ。
「フッ、宰相補佐を務めたエルデンと言い、現当主のオリバーといいベルンスト家は、食えぬもの揃いよな。よい、つまらぬことを聞いた、許せ」
これで非公式ではあるが、売り方についても、王様の許しは出ていることになった。
「それで?エルソン男爵よ、そこにいる小僧が『マギクロニクル』を仕掛けたものか?」
「はい、全て彼の行いにございます。」
俺はそのままぶっ倒れそうになった。
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