34◆異世界TCG・大会の終わり◆
「決まったぁー!決め手になったのは、青の魔導士のスミルの反撃呪文『アイスカウンター』だっ!あえて発動をせずにダメージを受け続け、ここ一番で反撃という、素晴らしい戦術でした!優勝は、ユリーズ辺境伯領の代理プレイヤー、モルバ卿です!」
俺のMCに場内が沸き、モルバ卿は握った片手を天にかざし「おぉおー!」と雄叫びを上げる。…いやぁ、楽しい!!楽しすぎて鼻血が出そうだ。貴族達30人を集めて行われた『第1回マギクロニクル・エルソン公式杯』が無事に全試合を終了した。
TCGは、自分が戦うのはもちろんのこと、その前にカードを鑑賞するのも、コンボを考えながらデッキを組むのも、そして人の試合を見るのも楽しい。
「皆様、本日はお集りいただき、誠にありがとうございました!最後に幾つかのご案内をさせていただきます」
興奮冷めやらぬ貴族達が着席する。
「まず商品の購入ですが、高位貴族の方から順にご案内させていただきますのでお待ちください。そして今後ですが、45日につき最大10箱は確実に皆様にお買い上げいただけます。そして今年の冬に、皆様に再び集まっていただき…『第2回マギクロニクル・エルソン公式杯』を開催したいと思います!」
少し間があって、一斉に拍手が巻き起こった。良かった、これだけ盛り上がってくれたら絶対にのってくれると思った。後ろでエイデン老が青い顔をしているが俺は知らない。
冷静に考えたら、大会の優勝者が手にできるのは商品の大量購入権って意味がわからないのだが喜んでもらえたから、よしとしたい。せめて第2回は、上位にだけ渡されるレアカードとか用意しておきたい。
「そして、ここで『マギクロニクル』に関してのエルソン男爵としての意思を、改めてお伝えさせていただきます」
エイデン老やエルソン男爵が事前に説明をしているだろうが、大事なことだから、しっかりと伝えておきたい。
「『マギクロニクル』ですが、販売元となるエルソン領としては個別のカードの値段をつけるようなことは一切行いません。スターター、ブースターという販売の形態は変わらず、今後もカード単体で売るようなことはありません。これはご理解ください」
何を今更という顔の貴族が多い。
「それ以外でカードを交換されたり、売買されたりすること、プレイヤーの皆様同士が広く交流されることは、非常に素晴らしいことであります」
これを聞いた貴族達一瞬戸惑いの色が浮かぶが、少ししてなるほどと納得した顔になった。貴族は、手に入れたものは全て自分のものという意識が強い。しかし今回貴族達は、大会を、戦いを通じて、派閥以外の貴族とも交流し盛り上がった。欲しいカードがあるのなら、派閥関係なしに語らい、そして交渉するのもありかと納得したのだった。
「もう一度、お伝えしますがエルソン領としてはカードの個別販売はいたしません。皆さまが交流された結果、仮に高い値段が付くようなカードがあったとしても、初めに設定した星(レア度)の比率設定は変えませんし、そのカードを増産することもいたしません!これは誰が言ってきたとしても絶対に変えることはありません!」
会場の貴族達の雰囲気が変わった。どこか浮ついていた空気が急に引き締まったような、そんな感じで。皆がエルソン男爵をぎらついた目で見る。エルソン男爵の方を向くと、目の焦点があっておらず、カードの下地のような真っ白な顔になっていた。エルデン老も同じだ。
何か変なこと言ってしまった感があるが、司会を止めるわけにもいかない。MCで何か変なことを言ってしまったら矢継ぎ早に言葉を重ねて流したり、それ以上に強い良い言葉を言う、それらをしても覆せないレベルの失言のときは素直に謝罪する…俺が前世のMC経験で学んだ対処方法だ。だが、俺は何を失言したのかもわからない。しょうがないので、無視して続ける。
「ほ、本大会を通じて皆様には、『マギクロニクル』をより深く楽しんでいただけたと思います。『マギクロニクル』は今までにない全く新しい遊びです。本日お集りいただいた皆様にはこの新しい遊び、いえ、『新しい文化の担い手』として今後とも親しくお付き合いをさせていただければと思います!皆さま、ありがとうございました!」
ポツポツと鳴り始めた拍手は、すぐに大きな音となって会場に響いた。新しい文化の担い手という言葉は、ずっと以前から言おうと考えていた。拍手の厚さが、その言葉が正解だったことを教えてくれる。俺はほっと胸をなでおろした。
こうして『第1回マギクロニクル・エルソン公式杯』は無事に終了した。
◇
会場の熱気冷めやらぬ中、司会を終えて一息ついていたところに、1人の貴族が現れた。先ほど優勝したプレイヤーだ。
濃い灰色の髪に、深い茶色の目、顔の上半分はマスクで隠れていて見えないが顎から首にいたるラインは太く頑丈で、胸板も厚く背も高い。父親と似たような体形で、発している雰囲気からすると、相当強いと思う。
「ふ~ん…。なるほど、おもしろいな。よく鍛えこんである。私の騎士団だと、なんとか上位に食い込めるくらいか」
「あ、あの、どちら様でしょう?」
「ユリーズ東辺境伯領の代理プレイヤー、モルバだ」
そうだった。モルバ卿(偽名)だ。ユリーズ辺境伯領の代理…ではなく本人だろう。私の騎士団とか言っちゃってるし。このモルバ卿、なかなかいい戦いをしてた。
レアカードは強いが、1枚手に入ったからといって、すぐにデッキに組みこんでも、安定した強さは発揮できない。通常1つのデッキには同じカードを何枚か入れられる。同じカードが複数あれば、手元に来る確率があがり、狙ったコンボを出しやすくなるからだ。「 1枚だけのレアを入れるより複数のコモンで安定したコンボの方が強い」と言う人も多い。ただし、それはレアが複数枚入手できるまでの話だが。
このレアカード無しでの、安定したコンボをデッキに組み込んでいたのがモルバ卿だった。ダメージを受けても、慌てずにしっかりと計算しながら耐え抜いて逆転した。組み合わせや自分のデッキの特性を十分に理解している証拠だ。
「リュードと言ったか。私の姪はどうだ?かなりの美人だが、ちょっと変わり者でな。いい夫婦になると思うのだがな」
「え?」
急にふられた縁談に唖然としてしまい、立ち直るまでに間が開いてしまう。
「ご、ご冗談を。私は平民ですし、モルバ様が、どこの方かも存じ上げません。ただ、例え冗談であっても、そのように仰っていただけたことは光栄に思います」
「…フハハッ、そうだ、そうだな。今、この場では、ユリーズ辺境伯領の代理、モルバ卿だな。いや戯れだ」
俺は黙って頭を下げる。
「まぁ、いずれ、会うこともあろう。ではな」
モルバ卿は、そういって俺の肩を叩くと悠然と歩き去っていった。
2時間後、後片付けも終えて王都のエルソン邸へと戻った俺を待っていたのは、
エルソン男爵からの怒りの言葉だった。
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