33◆異世界TCG・初めての公式大会◆



「貴族の皆様方、ごきげんいかがでしょうか。私はただいまより行われます『第1回マギクロニクル・エルソン公式杯』の司会進行の栄誉を賜りましたリュードと申します。平民の身ゆえ、私の言葉に拙い部分や礼を失する部分もあるかもしれませんが、今日という日に免じて御容赦を頂けますよう、何卒お願い申し上げます!」


マイク風の筒を持って、大声を張り上げているのは俺だ。前世でもイベントの司会、MC経験は何度かある。MCのポイントは、内心はどうであれ自信満々をよそおうこと、言いきってしまうこと、冷静に自棄になることだ。恥ずかしさは、開始1秒で何処かに飛ばしてしまうのがいい。


 王都のエルソン邸で、エルデン老に大会をやろうと告げてから12日後、王宮の中ホールにて『第1回マギクロニクル・エルソン公式杯』が行われる運びとなった。


 目の前にいるのは爵位もバラバラの貴族が約30名。中には子どももいる。共通しているのは全員、仮面をつけているのと偽名を名乗っていることだ。ほとんど本人だが「〇〇領の代理プレイヤー××卿」となっており、建前上は一応誰かはわからない、つまりゲームにおいて派閥とか関係なく、誰が相手でも真剣に戦おうねというお膳立てである。


 前世も含め、俺の人生において、仮面カードゲーム大会はこれが初めてだ。えらくシュールな景色が広がっているが提案者は俺だし、皆真剣なので笑うに笑えない。


 ちなみに何故俺が司会をしているのかというと、「ここ何十日もわしの胃を痛めつけてきた貴族共が勢ぞろいした場で司会などできるものかぁ!」とエルデン老がきれたからだ。せっかくの大会を近くで見たかったので、責任は全てエルソン男爵が持つという説明を最初にエルデン老から参加者に伝えた上で、俺が司会進行するという話に落ち着いたのだ。


 ちなみに、俺は出席者の詳細は聞いていない。怖いから聞かなかった。熊みたいな体格をしている人とか、すごい覇気みたいのを出している人とか、睨むだけで人を殺せそうな人とか恐い人が参加しているが俺は知らない。知らないし、関わりたくない。


「さて、もともと皆様のお手元には、スターターセットと数パックのブースターパックがございました。そして本大会のお知らせをお届けした際に、追加で10パックずつブースターをお渡ししております。スターターパックにも3種類ございますので、何をお持ちかで変わるとは思いますが、本大会における皆様の条件は、概ね一緒になっております」


 貴族達を見回すが、特に反論の様子もないようだ。そして俺を見る皆の瞳に、戦いへの期待と興奮が浮かんでいた。背筋がゾクゾクとしてくる。


「皆さまには本日のために、お手持ちのカードの中から、現時点で皆さま自身が考えた最強デッキを組んでいただいております。誠にありがとうございます」


 水を手に取り、一度口を湿らせてから俺は続ける。


「それでは、戦い方をご説明します!まずは正面のトーナメント表をご確認ください!」


 俺の合図で、大きな板に掛けられていた布が引かれる。板には、トーナメント表が既に書かれている。自分の名や対戦相手を見て、貴族達がざわざわと騒ぐ。



「トーナメント表はこちらでくじ引きで作りました。1試合は3回戦で先に2勝上げた方の勝利です。対戦前に、係りの者がルールに沿ったデッキ構成かを確認いたします。またデッキの構成は、試合中は変更禁止ですが、次の対戦までに変えることは認められます」


 会場の熱度がだんだん上がってくる。俺もテンションが上がってくる!


「対戦を見守る方々は、アドバイスは禁止です。またいかなる方法でもプレイヤーの手の内を晒してしまうようなことはお控えいただきます」


 同じ派閥だからということで、イカサマ的な動きをされても困る。


「では、本大会において優勝者、及び上位入賞者における『マギクロニクル』商品購入権に関して発表いたします!」


 場の雰囲気がギラリと鋭いものになる。ノリノリで司会をしているが、ちょっと胃が痛くなってくる。でも俺のMCは止まらない。


「エルソン男爵領では現在もカードを作り続けておりますが、このカードは特殊な製法で作っているのと合わせて、その美しさ、品質にも徹底的に拘っており、1日に100枚しか生産できません。昨年の冬の初めから作っておりますが、数日後の段階でもブースターで1200箱しか作れておりません。」


「なんと!」


「そんなにも少ないのか…」


「品質を守る、貴族の皆様に良い物をお届けする、その一念で作っております。数に関しては、どうぞご理解をください!」


「うぅむ、これを見るとやむを得ないか…」


 呟きながら何人かの貴族が手に持ったカードを見る。


 もっとじわじわ広がっていくと想定していたので、生産体制も生産数量も何もかもが足りていない。手作業で作っているため、デイリーの生産数も限界だ。これ以上作るなら工場から新しく作らないとならないだろう。


 前世での経験だが、ヒット商品は動きが早い。あらかじめヒットが予想される商品であれば事前に生産体制も整備して、数量も作っておける。だがおもちゃの世界では、急に話題になり、いきなりヒットになる商品が幾つもあった。


 そういった商品は、話題になって発注が殺到するまでが異様に早く、メーカーは大慌てする。だが作れる時に作り、売れる時に売らないと波に乗り損ねてしまうので、必死に対応する。最悪間に合わなくても何かしらの手は打たねばならない。


 今回も同じだ。増産体制はエルソン男爵が整えている最中だが、大きな波がきているのに作れません、間に合いませんという対応だけでは愚かに過ぎる。だから俺は大会という一手を打った。


 TCGの場合、本当はもっと浸透してから大会を行うのだが、主だった人間は揃っていて、最低限のセットは持っているとなれば、ぎりぎり開催できる条件は整っていたのが幸いだった。


「1200箱のうち、まずこの場にお集まりの皆さまには大会参加の賞として10箱はお買い上げいただけるようにいたします。すみません、大会が終わってからですよ!」


 何人かの貴族から笑いが漏れる。どうやら買えなくなる事態は避けられたと、少しほっとしてもらえたようだ。


「その上で、参加賞として、幾つかの品をお付けします。今後配布予定だった『マギクロニクル』小冊子、今回限りの配布の特別ライフカウンター、スペシャルデッキケース2つです!」


 今日、ここに集まっている貴族達は、最高のお客様だ。ライフカウンターやスペシャルデッキケースを急拵えで製作したため、かなり高いものになったが安いものだ。ライフカウンターは貴石を一定の大きさに加工して磨いたもの、デッキケースは2種類の魔獣の革で作ったものだ。ちなみにデッキ入れを2つ贈るのは、たくさんカードを集めて、もう1つデッキを作って入れてね!と意味だ。


「小冊子とはなんだ?」


「はい、読み応えのある『マギクロニクル』の会報誌です。デッキの組み方指南、コンボ紹介、魔法使い秘話などが載っています。秘話の方は、『緑の魔法使いラグの英雄譚』と『黄色の魔法使いイリムルと赤の魔法使いマリィの出会い編』です!」


「ふむぅ、なかなか奥が深い…」


「確かにこのカードの絵は気になっておった」


「カードに書かれたセリフの意味が分かるのか」


 小冊子は、一種のメディアだ。定期刊行して世界観を伝えていき、より深く楽しんでもらう予定だ。会報誌の第1弾はもう少し経ってから出す予定だったが、逆にいいタイミングになった。こちらの狙い通り、カードのフレーバテキストから汲み取れる世界観や設定が気になっていたらしい。


「話を戻します。残りの900箱になりますが、1位の方は450箱、2位の方は300箱、3位の方は150箱お買い上げいただけるようにいたします。」


 貴族達は一通りの説明を聞いて、概ね満足したようだ。この後の戦いに向けて気合を入れている。


「長々の説明、大変申し訳ございませんでした。それでは『第1回マギクロニクル・エルソン公式杯』を行います!」


 

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