32◆異世界TCG・貴族と派閥◆
「エ、エイデン老、どうか落ち着いてください。大変なこととは何でしょうか?何かバグ、いや、遊べなくなるような不具合でもありましたでしょうか?」
エイデン老の慌てぶりに刺激され、俺の脳裏に前世でやらかした大失敗の記憶が幾つかよみがえる。中でも1番やばかったのは、携帯液晶ゲームでプログラムが完成し、工場にデータをメールで送った翌日に致命的なバグが発見されたというものだ。当時のマイコンは1度データを書くと、上書き、書き換えができないもので、あの時は初回発注が20万個も入っており、俺は会社を首になることも覚悟した…、と思考が飛びそうになるのをおさえて、エイデン老に意識を戻す。
「リュード、『マギクロニクル』、どれだけ作っても間に合わん。どうすればいいんじゃ!!?中央派、独立貴族、辺境派、それも東、西、北全てじゃ、全ての派閥から早く寄越せ、と詰められておる。エルソニアではオリバー(エルソン男爵)がカードの生産体制を強化しておるが、全く間に合わん!」
エルデン老の話す内容に幾つも知らないことがあったので、一度落ち着いてもらってから、内容を確認していった。ことの経緯はこうだ。
エルソン伯爵と一緒に、エルデン老とマルコ君も社交のメインシーズンとなった昨年の冬、王都にやってきた。2人の役割は『マギクロニクル』を広めること。マルコ君はつきあいのある貴族の友達と実際に遊んだりして子どもから広げていく。エルデン老は、元宰相補佐で貴族の間で顔が広いため、その交友関係を使う。
エルデン老は、まず宰相であるヴァルド侯爵へと『マギクロニクル』を見せに行った。おもしろいものができたら目上から見せるのが、貴族の習わしだ。ヴァルド侯爵は、20年以上もの間、宰相を務める初老の高位貴族で、宰相補佐だったエルデン老の元上司だ。
ヴァルド侯爵は、エルデン老にサンプルのスターターキットを献上され、その場で遊び、その場でブースターパックを開けて、とても楽しんだ。これはおもしろいものだと感心したヴァルド侯爵は、自分のもとで働いていたエルデン老のためならと、この国の中でも大きな貴族数人に『マギクロニクル』を教えた。
貴族は常に新しい刺激を求めている。すぐに各貴族から連絡が来たので、エイデン老は片っ端から『マギクロニクル』を見せにいった。サンプルのスターターキットとブースターパックを携えて。そして、その場で遊んできた。どの貴族も面白いと言って気に入ってくれた。
欲しいカードがすぐに手に入らない売り方に関しては、どの貴族も理解を示してくれた。何が出るかわからない楽しみというのもありよなと。ここまではよかった。その次のセリフが問題だった。
1パック5枚入りのカードが10個まとまった1箱。その1箱の値段が1500リム。庶民であれば夫婦で30日は優に暮らせる金額だ。
「うむ、わかった、私は2000箱買おう。」
「そうだな、800箱もらおうか。」
「最初は500箱でいい。」
「1200箱買い上げよう。」
「毎月400箱、納めてほしい」
どれだけブースターパックを開ける気だと、俺は聞きながら突っ込まざるを得なかった。
これに加えてマルコ君も、『マギクロニクル』を広めてくれた。エルソン男爵と近しい爵位、男爵や子爵の子ども達を中心に、サンプルを渡しつつ遊んだ結果、こちらも皆はまってくれた。
社交シーズンの真っ只中、同時期に高位貴族の大人がはまっている話も伝わり、子ども達の親、下位貴族達もおもしろそうだと欲しがり、そして話はどんどん広がっていき注文が殺到した。こちらは大貴族に比べて小口だが、その分貴族の数は多かった。
俺は、貴族をなめていた。うなるほど金を持っていて、刺激を求めている人間はやばい。さらに派閥という問題が上乗せされた。
◇
この国、アムリリア王国を簡単に説明すると、四国みたいな形の大陸があって、真ん中が険しい山脈と魔物がたくさん住む大森林となっており、完全に左右に隔てられている。アムリリア王国は、この左側、愛媛と高知の半分くらいを合わせた形だ。大陸なので、その面積は四国よりももっと広大だが。
北側は万年雪の山脈が連なっており、西側の海沿いにも魔物の住む森林が広がっている。つまり3方向を山脈と森林に囲まれており、南と東の一部に海が広がっている。
昔から小国が乱立して興っては消えるという歴史を繰り返しており、この地が統一されることはなかった。100年ほど昔、東、西、北、南、中央をそれぞれ治める国が出来上がった。特にこの中で強かったのは、大穀倉地帯を押さえた中央部と貿易と海の恵みで潤った南部だった。
東部、西部、北部は森林からくる魔物や厳しい自然環境から、豊かな中央部を欲したが足並みもそろわず、また魔物もいるため大きな戦争も起こせない。中央部も、領土を広げて魔物の対応などやりたくないし、そもそもどこかを攻めれば確実に背後を突かれるとあって戦争ができなかった。
そして60年前、南部と中央部が、婚姻政策を繰り返し強固な協力体制を築き上げた。それにより、各勢力間で少しだけ小競り合いが繰り返されたが、その後、この地はアムリリア王国として統一された。
東部、西部、北部は魔物から国を守る辺境伯爵の地となり、中央部と南部は、王族直轄地となった。王族の潤沢な資金は、魔物から国を守る辺境貴族達への御礼金として惜しみなく注がれた。命綱である穀倉地帯、大資金源の南部を王族が押さえているため、少しくらい富を与えても問題なかった上に、魔物退治を肩代わりしてくれるからだ。
この背景がそのまま派閥になっている。辺境派は、東、西、北の辺境伯を中心とする派閥。辺境伯の下には寄り子となる何家もの伯爵、子爵、男爵がそれぞれついている。中央派は、南部も含む王族と領地を持たない官僚貴族のことを指す。独立貴族は、辺境と中央部の間に幾つか存在する、どちらにも組み込まれていない貴族グループだ。ここは低位の貴族が多い。
◇
「わしらエルソン領は、独立貴族になる」
「そうなのですね、初めて知りました」
「どちらにも入っていない独立貴族だからこそ、わしが宰相の補佐になれたのもあるのじゃが、今回は裏目に出たんじゃ」
「とおっしゃいますと?」
「もちろん王から爵位をいただいている以上、我らは皆一様に王の臣下じゃ。だが『マギクロニクル』は、中央派でも、辺境派でもない独立貴族から生まれたものじゃ。そうすると、奴らは全てをわしにぶつけてくるんじゃ!!」
自分よりも高位の貴族を奴らと呼び捨てて、エルデン老の怒りのボルテージが再び上がっていく。
「『よもや、辺境派に与することはあるまいな』とか『よし東の辺境領を上げてエルソン領の、そしてこの商品の後押しをしよう。代わりにどうするかはわかっているな』とか、『同じ独立貴族なのですから、少しでもこちらにまわしていただきたいのです』とか、好き勝手なことを言うのじゃ」
俺は話を聞いて、頭がくらくらしてきた。
「えっと、中央派と言うか、アムリリア王に仲裁に入ってもらうのはいかがでしょうか?」
「わしに死ねというのか!何も解決せんどころか、またわしに文句を言いにくるぞ!確かに王から言われれば、我らは聞かねばならんが、確実に遺恨は残るぞ!」
「宰相のヴァルド侯爵は何派なのですか?」
「ほぼ中立だが、あえて言うなら独立派か」
いっそ、どちらかの派閥に入っていたほうがよっぽどましだったんじゃあ…と、エルデン老が嘆く。
「何とか突っぱねられたのは、わしと同じ爵位の独立貴族だけじゃ!」
つまり、ほとんどいないと。
「おまけにのう、どこの貴族もプライドがあり、自分の出した要求を引くに引けなくなっておる。要求を減らされれば、沽券に関わると思うからじゃ。」
本当に大変なことになっている。どうしたものか、考えても、正直何も出てこない。
「しかも社交のシーズンが終われば、普通は皆、領地に変えるのに誰も帰ろうとせん。皆が領地に一度引っ込んだところで、少し落ち着かせようと思ったんじゃが、それもダメ…どうすればいいんじゃ!リュード、お主の考えたものじゃろう!お主がどうにかせい!」
それは、俺の領分じゃないだろう…っていうか、無茶ぶりすぎるだろう…。いっそ、皆で殴り合って決めれば…ん?殴り合って…?
「エルデン老、貴族の皆さんには、全員サンプルのスターターキットを渡してあるんですよね?一緒にブースターも少し渡していますか?」
「うむ、もちろんじゃ。それが一番わかりやすいし、欲しくなるからの。何か思いついたんか?言え、言うのじゃ!」
襟首をつかまれてガクガク揺らされる。
「言う、言いますから!」
離してもらった俺は、首をさすりながらエルデン老にさらなる大騒動を引き起こす言葉を伝えた。
「大会やりましょう。大会!」
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