31◆王都◆



 構えた小盾に、ゴスンと衝撃が伝わる。地面で、フラフラしているのは、胴体が俺の太ももほどもある巨大なバッタの魔物だ。俺は剣で頭を切り落とし、次のバッタを探す。このバッタは放っておくと、体のでかさもあって、周囲の作物を根こそぎ食いつくす。


 たまたま立ち寄った村で、村人が集まって退治に向かうところに出くわしたので俺は手伝いを申し出た。村人や農民でも普段から退治しているし、俺が手伝うこともないのだが、ちょうどバッタにも用があったからだ。


 20匹ほどの退治されたバッタは、村の広場に積まれていた。足や腹の筋肉が少しだけ食用になる。歯ごたえのあるだけの味も旨みも全くない肉だ。一般的な調理方法は塩茹でくらいなので、正直不味い。それに俺が欲しいのは肉ではなかった。


「触覚と羽、胸の殻、あと魔石をもらうよ。肉はいらない、食ってくれ」


「あんれ、そんなところどうするよ?子どものおもちゃにしかならんよ。羽もすぐボロボロなるし、売れもしないよ」


「あぁ、いいんだ。俺は魔物とかいろいろ調べててね」


「はぁ変わった人もいたもんだわ」


 俺は剥ぎとった素材をいじりながら、A5サイズほどに切った羊皮紙のメモ帳に簡単な挿絵と一緒に記入していく。魔物の特徴、名前、場所、とった素材、強さなどだ。


「うーん、この触覚もおもしろいけど、何に使えるかなー」


 針金くらいの太さのよくしなる触覚を、びよんびよん揺らしながら考える。子供のおもちゃといっても、何か細工をするではなく、この触覚のまま、適当に振り回して遊ぶのだろう。


「耐久性も気になるなー」


 使える素材なら、もっと広まっているはずだ。時間が経つと劣化してボロボロになる可能性もある。とりあえず、今はしまっておくかと背負い袋に突っ込む。いろいろな素材をストックしすぎて大きく膨らんだ背負い袋は凸凹に膨らんでいた。


 今はまだ、生まれ故郷のエルソン男爵領と、その隣のコルコス子爵領くらいしか回れていないが、俺はもっと各地を巡り歩いて使えそうな植物や鉱物、魔物の素材を集めるつもりだ。カチカチに乾いたスライムの外皮が、トレカやTCGのカードを作る最高の材料になったように、何が使えるものになるのかわからない。今はまだ記録をとって集めるだけだが、いずれまとまった時間をとって研究もしたい。


 もう少ししたら馬車とかを買うのもいいかもしれない。前世で軽トラを改造したキャンピングカーの動画を見るのが好きだったので馬車改造をしてみるのもいいな。



「こここ、これどうぞ!」


 そんなことを考えながら、空をぼうっと見ていたら村の娘さんに、いらないと伝えたはずのバッタの肉の入ったお椀を押し付けられた。


「あ、あぁ…ありがとう。」


 笑みを浮かべて返事をすると娘さんは頬を染めて走り去った。娘さんが消えた家の陰から、きゃーきゃーと姦しい声がする。イケメンに生んでくれた両親に感謝だが、前世は全く持って普通の顔 (だったはずだ)だったので、いまだに慣れないし、慣れちゃいけないとも思う。というか寄ってきて欲しくない人にもこられるし、ギラギラした目でアプローチされるのもきつい。前世で同僚だったモテイケメンもこういう気持ちだったのだろうか。


 そういえば『マギクロニクル』開発で、エルソン男爵の館や工房にいたときも少々きつかった。貴族に気に入られている優良物件と思われたのだろう、使用人やメイドさんのアプローチが激しかった。常に「どうぞ私に手をだしてください」「今晩お部屋に伺いますわ」状態だったが、あれはもしかしたら俺をつなぎとめる男爵公認のハニートラップだった可能性もゼロではない。若さと衝動にまかせずに自重した自分を誉めてあげたい。


 いつか、どこかで、自分の全てと引き換えてもいいと思えるような、そんな相手がいる気がする。単なる妄想かもしれないが、そう思うと中途半端なことをして後悔はしたくないと思った。


 もちゃもちゃと、いつまでも口からなくならない肉を食べながら、俺はため息をついて空を見上げた。





 種植え最中の広大な穀倉地帯を抜けると、アムリリア王国の王都が見えてきた。王都は大きな街だった。一段高い丘になっている中心部には白く輝く王城がそびえたち、街のどこからでも見えるようになっていた。主要な通りには全て石畳が敷かれている。商店は品物であふれ、食堂はそこかしこで良い匂いを漂わせ、行きかう人々の顔は活気に満ちていた。


 城の周りには、白い壁が取り囲み、その外側を同心円状に大小様々な貴族屋敷が並び、そこにも灰色の壁が建っている。おそらく城と貴族の居住区に入るには許可が必要になっているのだろう。


 今まで見てきた村や、自分達の住んでいた町とはまるで規模が違った。特に目につくのは色の多さだ。家屋の屋根の色、掲げられた看板の数、人々の服の色。村や町、街に比べて目に入る色の数が多く、栄えた街、王都であることを実感する。


 住んでいる人々の懐にも余裕があるのなら、ここでも楽しいおもちゃが作れるかもしれない。俺は宿をとると、数日の間、王都のあちこちを散策し楽しんだ。





 貴族街を取り囲んだ城壁につけられた門で、名前と来訪目的を伝え、エルソン男爵邸に入ったのは、春の30日だった。春の中頃までにつけばいいとのことだったので、日程的には充分間に合っている。ちゃんと宿で旅の垢も落としてきた。


 屋敷の使用人には、俺が来ることがあらかじめ伝えられていたようで、すぐに男爵邸へと案内された。エルソン男爵本人も、前男爵でTCG『マギクロニクル』の総責任者であるエルデン老も、ついでに男爵の次男のマルコ君もいなかったが、「必ず屋敷にて待ってもらうように」と指示が出ておりますと執事に伝えられた俺は、素直に男爵とエイデン老が帰ってくるの待っていた。


 しばらくして、誰かが戻ってきたようで、屋敷があわただしくなった。そして俺のいる部屋の扉がノックもなく開けられ、そこにサンタクロースみたいな初老のお爺さん、エイデン老が入ってきた。


「お久しぶりです、エイデ…」


「リュード!大変じゃ、大変なことになっておるんじゃ!お前はなんというものを作ってくれたんじゃあ!」


「は?」


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