28◆はじめてのデート◆



 盗賊退治の後、商隊は何事もなく無事に、コルコス子爵領の領都コルスマスに到着した。コルスマスは土と石を積みあげた低い外壁に囲まれており、入る時には門番の軽い検問があった。商人が、商人ギルドの構成員であるプレートを見せた後は冒険者である俺達も、冒険者ギルドのプレートを見せる。


 転生系小説にあるようなステータスがわかるような魔道具は置かれていない。そもそも魔道具なんてものが存在しない。単なる木のプレートに刻印しているだけなので、偽造はいくらでもできるだろうから、怪しい奴は入り放題だと思う。街の治安が心配になるが、エルソン男爵領の領都エルソニアも同じだったので、この世界はどこもそうなのだろう。


 護衛チームのリーダーが盗賊の頭の首を門番に渡していた。後で聞いたら、そもそも盗賊の討伐は騎士と兵士の仕事だから、よっぽど有名で特徴がある人間でもない限り懸賞金はないらしい。今回の首も対象外だった。懸賞金も、もらえれえばラッキーだと言っていたので駄目元だったようだ。


 街に入ったすぐの所にある、商隊用の馬房のついた宿屋に、商人達と護衛チームのリーダーが、宿屋に入り手続きをする中、俺達は外で待っていた。


「リュードは、あたいと一緒に違うところだよ」


 それを聞いた冒険者達がヒューと口笛を鳴らす。


「ローノを惚れさすとはやるじゃねえか。今までどんないい男がすり寄っても絶対に首を縦に振らなかったんだ。可愛がって、いや可愛がられてやんな」


「う、うるさいね!さぁ、リュード、行くよ!」


 顔を真っ赤にしたローノが俺の腕を引く。俺は16歳。ローノはおそらく20歳を少し過ぎたくらいだろう。ローノの方が年上なので、先ほどの冒険者のセリフになる。俺は足早に歩くローノの後を追った。





「リュード、あんたさ、コルスマスは初めてだろ?」


「あぁ。俺の生まれた町とエルソニアくらいしか行ったことがないね」


「へへっ、じゃあ、あたいが案内してやるよ」


 笑みを浮かべながらローノが俺の腕をとって引っ張る。苦笑しつつ俺はそれについていった。顔は平静を装っているが腕に当たる柔らかい感触に、俺の心臓はバクバクと激しく脈打つ。


 通りを抜けた広場では、野菜や果物、肉、雑貨などを置いた露店が並んでいた。こういうところで俺が真っ先にチェックするのは雑貨屋だ。もちろん目的はおもちゃだ。骨董や、売主もよくわかっていないが価値のありそうなもの、分類不可能なものは全て雑貨屋にある。買いはしなかったが今回は見つけたのは、ちょっと汚れた布製の人形と、形がいびつなサイコロだった。貴族向けの遊具の中にすごろくがあったように、この世界にサイコロは存在する。地球でも正立方体のサイコロが紀元前からあったらしい。


 サイコロがあるなら、何かサイコロだけで遊ぶおもちゃを作ってみるのもおもしろいかな。細工が必要だが、変形するとかもおもしろそうだ…そんなことを考えながら雑貨を手に取る俺をローノは面白そうに見ていた。


 しばらく店をひやかした後、俺とローノは宿に向かった。





 ローノに連れられたのは、サウナと食堂がついた中級より少し上のグレードのいい宿屋だった。部屋は1つだ。それぞれサウナで体を清めたあと、食堂で夕食をとった。


「宿代は本当に出さなくてよかった?」


「お礼だって言ってるだろ?あたいが出すんだから、いいんだよ」


 酒とサウナでほのかに頬を染めたローノが少し気だるげに答える。ローノは美人だ。肩口にかからないほどの長さの赤毛を後ろで結んでおり、細い首が目立つ。小柄だがスタイルはよく、少しかすれたハスキーな声が、耳に心地よく入ってくる。そんなローノがあまりにも色っぽくて、あわてて俺は話題を振る。


「そういえば、女性の冒険者って珍しいね。会ったのがローノが初めてかな」


「王都くらいでかい街になると、女の冒険者もいるね。地方と違って周辺の魔物も弱い上に少ないし、腕のあるやつは、スラムで悪いことしてたほうが実入りがいいからね」


「へぇ、こっちと全然違うんだな」


「街の規模によって、雰囲気も人もだいぶ変わるねえ」


「ローノはなんで冒険者に?あ、いや、言いたくなければ…」


「あたいは死んだ親父が狩人だったんだよ。親父がくたばった後、あたいに残ったのは弓だけだったからね。街道沿いに動物や魔物を狩りながら王都まで旅して落ち着いたのさ」


「そうか。本当にローノはいい腕をしていると思う」


「あんがとね。リュードは、この後どうするんだい?」


「コルコス領を抜けながら、王都に行く予定。その後はあちこち旅しようと思ってる」


「…そうかい。あたいはこのまま商隊と行くから、反対の方向になっちまうね」


「そうだね…」


 沈黙が訪れ、しんみりとした空気と流れる。だんだんと、胸をかきむしられるような、そんな切ない気配がお互いの間に高まってくる。すぐにでもローノを抱きしめたいという思いが強く湧き上る。


「ローノ…」


「今を…大事にしないとね。リュード、あたいは先に部屋に戻ってるよ」





 翌朝、俺は腕の中の寝顔のローノを見つめていた。


 俺の前世の記憶の中に、自分の死に関するものはない。思い出せる仕事やおもちゃの記憶から推測すると、玩具業界で4~50歳くらいまで働いていた記憶がある。


 その記憶の中で女性に関することを思い出す。30代中ごろまでは、告白し付き合って振られ、告白され付き合って振られと、だいたい結末は俺が振られて終わるものだったが、それなりの経験はあった。30代からは、たまに遊ぶくらいで真剣な付き合いはしていない。当然、結婚や子育ての経験もない。


 これは俺の性格が問題だった。俺はおもちゃを作るのが何より1番で、それ以外は友だちとゲームしたり、興味のあることに次々に手を出したりと、『楽しいこと』を自分の中心に置いていた。女性と付き合うのも、その楽しいことの1つだった。だけど、少しして関係性が深まると、楽しくないと感じることや、コミュニケーションにも時間を取らないといけなくなってくる。そうすると、途端に面倒くさくなり、それは相手に伝わり、最後は俺が振られて終わる。


 同僚のモテイケメンに「女と付き合うのって面倒じゃないの?」と聞いたことがある。そしたら呆れたように言われた。「面倒に決まってるじゃん。誰だってそう思ってるよ」と。この言葉は衝撃だった。その面倒の先に一体何があるんだ。わからなかったし、今もたぶんわかっていない。


 けれど、ずいぶんと久しぶりに自分の手に女性を抱いた今、俺は前世でわからなかった答えを探して見る、そのために面倒だと思っていたことも真剣に取り組んでみるのもいいかもしれないと思った。おもちゃも作るし、冒険もするし、女性とも真剣につきあう。全部をやってみるのもいいかもしれない。


「ううん…」


 ローノが軽く寝がえりをうつの見て、自然と笑みが浮かぶ。可愛い人だと思う。ローノとはあと2~3日で別れたら、たぶん会うことはないだろう。向こうもそう思っているし、そう望んでいる。だから、今回はこれでいい。だけど、この先も同じではいけない。


 俺は朝の光に照らされるローノをいつまでも見ていた。

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