27◆盗賊退治◆



「そうね。1人はやれるけど、どうする?」


 後ろから響いたハスキーな声は、この商隊の護衛となる冒険者の紅一点、弓使いの女性だった。


「あんた、リュードって言ったっけ?あたいの名前覚えてるかい?あたいはローノだよ」


 ローノは荷物の陰で、いつでも矢を射れるように準備をしていた。一緒の馬車だったが、ボーッとおもちゃのことを考えているばかりで、他の人間とあまり話をしていなかったことに改めて気づく。


「なぜ、俺に?そちらのリーダーが決めるのでは?」


 こちらの冒険者10人の内6人は、この商隊に最初からいる。その6人は王都から来た専属の護衛チームだ。残りの冒険者は各町で補充される数合わせ人員だ。


「うちのリーダーは1台目にいる。相手の数が多いから、たぶん今依頼主の商人と話し合ってる。盗賊共が動かないのは、それを待っているからだよ」


「何を話し合ってるというんだ」


「荷物か、お金の何割を差し出して見逃してもらうか…、だね。斬りあって双方怪我するのは避けたいだろうからね。ただねぇ…」


「ただ…?」


「あいつら、女もよこせって言うだろうからねぇ。今回、商人側に1人と、あたいがいるだろう?あっちの方が人数多いから、最悪それでもしょうがないって結論を出しちまいそうでね」


 通常、商隊に女性が入ることはない。それでも女性が加わる時は、護衛を多くする。この規模の商隊なら通常は数名しかつけない冒険者も依頼主の中に女性がいるためか、今回は10人もつけている。ローノが入っているのも、その女性に少しでも気を使ってのことなのだろう。ただ今回は運が悪かったとしか言いようがない。20名を越える盗賊団など、早々出会うものではないからだ。


「あんたさ、強いだろう?あたいは、なんとなく、そういうのがわかるんだ。もし最悪な状況になったら、せめて一緒に逃げてくれないかい?無事に切り抜けたら…お礼はするからさ」


「…」


 女性2人を差し出して、荷物も差し出して、それで終わるかはわからない。例え命が無事でも、俺の持ち物も奪われるだろう。『マギクロニクル』の発足会限定のカードも持っているし、父親からもらった剣もある。というか、女性2人を差し出して、残った人間が「あぁ命が助かった、良かった、しょうがなかったんだ」と言い合う…その中に自分がいるのが許せなかった。


「ローノ、右のやつ、やれるか?」


「やれる」


 しっかりした答えが返ってくる。


「よし、じゃあ俺が幌の上に立ち上がって、指示したら頼む」


「どうするん…いや、わかったよ」





 俺は、荷馬車の幌の上によじ登った。よじ登っている間に射ってこない時点で駄目だろうと思う。もっとも射ってきても対処できる。父親にそう仕込まれた。遠くから射たれた矢を切り払い、成功する度に、次の矢の距離が近づいてくる、という狂気じみた訓練をしてきたのだから。


 俺は、幌の上に立ち上がって、両手を上げて叫ぶ。


「おぉーーいっ!」


 盗賊も、商隊も全ての人間が俺を見た。


「ローノ!」


 名前を呼び終えた時には、開いた幌の骨組みの間からローノの矢が飛び、盗賊の弓使いに突き立っていた。いい腕だ。


「ストーンアロウッ!」


 同時に俺も風と土の複合魔法で作りだした石つぶてを、もう片方の弓使いに叩き込んでいた。皆が呆気に取られている間に、俺は幌から飛び降りると商隊の後方に向かって剣を抜いて駆けだす。


 さすがに距離があり、向こうに多少立ち直る時間を与えてしまったが関係ない。後方にいるのは剣や短剣を抜いた15人だが、その全員と一気に相手するわけではない。囲まれないようにだけ気をつけつつ、手前から順に、最適な手を最速で打っていくだけだ。


 手始めに目の前にいた盗賊の横を走り抜けながら片腕を切り飛ばす。その後ろの、ぽかんと口を開けていたやつの太腿を刺しながら、魔法を放って右にいたやつを倒す。


「ストーンアロウッ!」


 一拍、呼吸の間が空いたので、手にした剣に目をやる。父親が贈ってくれたのは名剣と呼べる素晴らしいものだった。実戦は初だったが、もう何年も使い込んでいるかのように、実に手になじむ。重心や振りの速度はこの剣以外では考えられないほどの申し分のなさだったし、剣から伝わってくる情報、剣先の位置、刃に当たったもの、全てを正確に知覚できた。


 左から襲ってきた盗賊を対処しようと顔をあげたところで、その盗賊の首元にローノの矢が突き刺さる。本当にいい腕してる。


 剣を構えなおして正面を見る。後ろにいた盗賊15人のうち、残るは11人。ここでようやく前の方から、ワーワーと冒険者と盗賊達の戦う音が聞こえてくる。


 俺を見る盗賊達の目が怯えていた。順に目を見返してやるが、その中で怯えてはいるが、瞳にまだ強い光を持つやつがいた。おそらく、盗賊の頭だ。俺は、そいつめがけて走る。盗賊の頭は、俺の初動をみた瞬間、躊躇うことなく背中を向けて逃げ出した。判断が早い。


「マッドシート!」


 突然足元にできた泥たまりで、盗賊の頭は盛大に素っ転んだ。俺は盗賊の頭に追いつくと、腹に剣をぶっ刺して抜く。


「お前らは逃げていいぞ。追わないから」


 他の盗賊達に、そう声をかけた瞬間、その中の1人に矢が突き刺さった。


「あ」


「う、うぁああーーっ!」


 逃げられないと悟った盗賊達を、駆け付けた冒険者と共に戦い全員無力化した。こうして俺の初の盗賊退治が終了した。





 後始末もあり、次の目的地に着くことができなかった商隊はその晩、街道脇に馬車を止めて野営をした。幸いなことに、こちら側に怪我人はおらずホッとした。商人を始め、御者や他の冒険者達が、途切れることなくずっと俺にお礼を言いにきた。もう1人いた女性は、まだ子どもと言える年齢の女の子で、商会長の姪だった。


 護衛隊のリーダーはむくれた顔をして、不満ありますって顔を隠そうともしていなかった。おそらく俺が勝手に動いたことで面子がつぶれたと思ったのだろう。お前の面子なんか知るかと思ったし、子どもが守れたのならそれでよかった。


「リュード、あんたすごいね、本当にすごいね!」


 ローノの距離が近い。


「まぁ、なんとかなって良かったよ」


「そういや、あれは魔法かい?なんか飛ばしたやつ」


 そう、俺は魔法を使ってしまっていた。魔法は俺の隠し玉にしておきたかったが、しょうがなかったのだ。先頭の弓持ちを、他の冒険者にはっきりとわかるように無力化しなければならなかった。ローノの腕は確かによかったが、あの時点でどこまで信用できるか不明だった。1人を射っている間に、もう1人から反撃されたかもしれない。そして、1回使ってしまったからには、しょうがないとその後も使った。見られたのはストーンアローだけのはずだ。盗賊の頭は、ただ豪快に素っ転んだだけに見えているはずだ。ちなみに盗賊の頭は、今は文字通り頭だけになっている。


「悪いな、秘密だ。奥の手なんだ」


 他の冒険者も聞き耳を立てていたが、俺の答えに、秘密なのは当たり前かと流してくれた。父親の話では、稀に戦いでも魔法が使える人間がいるということだったから、いろんな魔法を使ったりしなければ、そこまでおかしなことにはならないだろう。そもそも冒険者にあれこれと聞くのは失礼で、場合によっては喧嘩になることも皆理解していた。


 焚火を見ながら考える。


 人を初めて殺したが、俺は何も動揺していなかった。子どもの頃からの異様なまでの修行で、心が麻痺をしているのかもしれない。害意を持って襲ってきたやつらを、返り討ちにしただけだ。前世で人を殺したことはもちろんないが、この世界は人の命があまりに軽く、扱われ方も理不尽だ。その理不尽さに対抗できる力を、心得も含めて父親は身につけさせてくれたのだ。改めて心の中で俺は父親に礼を言った。


「リュード。あんた、コルスマスでお別れだったね」


「あぁ」


「お礼にもならないけどさ…よかったらコルスマスで、あたいと寝ないかい…」


「え?」


 焚火がパチンと弾けた。


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