26◆旅立ち◆
この世界には、前世のような7月とか12月と言う月の概念はない。春夏秋冬の四季が90日ごとに訪れるという考え方のもと、春の15日とか夏の34日と呼ぶ。この四季の暦は、王都のある大陸中央部の気候にあわせたもので、地域によっては実際の四季と暦はずれることもあるが、エルソン男爵領は王都まで馬車で5日ほどの場所にあるので、暦と実際の季節のずれはない。
春の15日。ややひんやりとする早朝、ラーモット家の前で久しぶりに家族が全員集まっていた。
「では、行ってまいります」
「リュード、気をつけてね。貴方は何か始めると、すぐ1人で進もうとするのだから、ちゃんと周りの人も頼るのよ」
「わかりました。母上もどうぞお元気で」
母親に向けられた心配そうな瞳を見返して、意識してしっかりと頷くが、母親の顔は全く晴れない。
「リュード、鍛錬は続けるように。君はこれまで数えきれないほど剣を振ってきた。頭ではなく体で覚えたその動きが君を救うこともあるだろう。がんばって」
「はい、アスト兄、ありがとうございます。がんばります」
騎士の従者となって、家を出て行った長兄のアストも来てくれていた。
「リュードは、いろんなこと考えて動くくせに、わりと抜けているからね。特に最初、何かを始めるときの確認はきちんとしたほうがいいね」
次兄のセンドだ。冒険者として共に1年活動して俺の行動を見ているだけに、的確な指摘が心に刺さる。
「う…、わ、わかっています。ありがとうございます」
俺の前に父親が立つ。
「リュード、君にこれを贈ろう。西に住む知合いに、今日のために作らせた。いい剣だ」
父親はそういうと、俺に剣を渡してくれた。鞘から抜いてみると、剛直という言葉が、そのまま形になったかのような、刃筋の綺麗に通った造りのしっかりとした剣だった。バランスも重さも申し分なく、刃に手を振れみると、今までに手にしたどの剣よりも吸いつくような、同調するような感触がした。刃の先まで、自分の体が延びたのかと思うような不思議な感覚だった。たしかに特別な良い剣だ。横から手を出したセンド兄に古い剣を預けて、俺はその剣を腰に差した。
「父上、素晴らしいものをありがとうございます」
「リュード、君は本当に、何というか不思議な人間だね。カードもそうだし、最近まで君が進めていたアレも。エルソン男爵閣下も、皆も、私たち家族も。君を中心として大きな渦ができ、物事が進んでいく。それが啓示をうけた者のさだめなのかは、わからないが…、これからも君は同じように、周りを渦に巻き込んでいくのだろうね」
人間という言葉を使うあたり、前世のことがばれてはいないにせよ、異質なものだという意識は持っているのかもしれないなと俺は思いつつ、父親の次の言葉を待つ。
「君は私の息子だ。もし君が、本当につらいと感じたときに、君が帰れる場所がここにある。私達がいる。それをどうか忘れないでくれ」
思いがけない父親の言葉に、視界が涙でにじむ。この人の子どもでよかった、この人達が家族でよかった。この人達の家族で良かった。
「ありがとう、ござい…ます。では…、行ってきます」
俺は家族に背中を向けると、大きく息を吸い込んで一歩を踏み出した。
◇
ゴトゴトと5台の荷馬車が列をなして街道を往く。荷馬車の荷台の幌は上に畳まれて、両サイドが大きく開けられている。息吹き始めた緑の香りが含まれた風が、心地よく頬を撫でる。
荷馬車には、木箱や樽に詰め込まれた数々の商品が積まれている。先頭に御者が座り、荷物の合間に、商人と護衛の冒険者が1台につき2~3名ずつ座っている。
冬の間は、経済活動が鈍くなる。雪や寒さもあるし、外に出てすることもない。野菜や肉などの食料も採れない。必然的に町や村を結ぶ街道の行き来もほとんどなくなる。そして春になり暖かくなり始めると、行商人や商隊が動き始める。
俺は今、護衛の冒険者として商隊の馬車に乗っていた。商隊は、王都から街道を下り、エルソン男爵領を含め、幾つかの町を経由しながら、王都で仕入れてきた商品を売っていく。最終目的地は、南の海に面した王族直轄領にある大きな街で、そこで王都からの全ての物品を売り切った後は、冬の間に作られる海産物の乾物や、外国からの輸入品を中心に、商品を仕入れて、また王都に戻ってくるのだと言う。
俺はエルソン男爵領の隣、コルコス子爵領の領都コルスマスまで行ったら、そこからコルコス領を通って王都を目指す予定だ。
馬車は乗り心地が非常に悪い。車軸の遊びが大きいのか、異様に振動が激しい上に、舗装もされていない街道は窪みもあれば石も転がっており、不定期に下から襲ってくる衝撃で、俺の尻は常にダメージを受け続けている。
転生系小説でベアリングとか板バネとかで、馬車の乗り心地を格段によくするものを読んだ覚えがあるが、俺の尻が痛いくらいではやろうと思わない。それらを開発するための素材の研究とか、試作とか生産工程とか考えただけで気が遠くなるし、おもちゃではないからだ。
あぁ、ベアリングと言えば、『プチ四駆』で使ってたなぁ。この世界で作るとなると、何から開発しないといけないのかな…と、俺は次はどんなおもちゃを作ろうかなどと考えていた。
◇
「馬車を止めろ!やばいっ!盗賊だ!」
前の馬車から鋭く上がった御者の声と同時に、馬のいななきが響き、軋みを上げて馬車が止まる。俺が乗っているのは3台目の、ちょうど列の真ん中の馬車だ。周囲を見回すと、商隊の先に、明らかに不自然な倒木が置かれており、その傍に6人の武装した薄汚い集団が待ち構えていた。そして足を止めた商隊の後ろからも15人ほど、同じような集団がやってくる。
「おい…嘘だろ…なんで、こんなでかい盗賊団が出てくるんだよ…」
御者が絶望に声をにじませながら呟く。
前方の集団の中に弓持ちが2人いる。こういう時に、弓持ちがいるのは非常に厄介だ。動いた人間からやられる、指揮者をやられる、そういった心理的けん制を最初にとられてしまうからだ。
こちらの人数は非戦闘員の商人が5人、おそらく多少は動けるが数には入れられない御者が5人、護衛の冒険者が10人だ。うち、商人と冒険者に女性が1人ずつ入っている。女性の冒険者は俺と同じ馬車におり、こちら側で唯一の弓使いだ。
実は盗賊であれ冒険者であれ、弓使いは少ない。弓は矢を射るだけでも練習が必要で、狙い通りに的に当てるようになるまで、長い習熟期間を要する。動く的に自在に当てるなら、尚更だ。おまけに、こまめなメンテナンスも必要で、矢は高い。
「弓持ちは、ド素人だな」
思わず口に出る。盗賊側の弓持ちは、弓をつがえるでもなく、見せつけるように持っているだけだ。これだけで腕前は並み以下とわかる。
「そうね。1人はやれるけど、どうする?」
俺の後ろからハスキーなしゃがれ声が聞こえた。
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