24◆異世界TCG・生産と価格設定◆
『マギクロニクル』が完成したのはいいが、生産体制を構築するのも苦労した。生産形態は、工場制手工業と呼ばれるもので、工場を用意してそこに職人が集まって手作業で作っていくものになる。
まず工場をどこに作るかでもめたが、俺はセキュリティの問題から、全てを1ヵ所にまとめることを絶対に譲らなかった。守るべき場所は1つに絞った方がいい。
前世でも、人気の出たTCGの生産工場では、セキュリティが最重要視されていた。オークションで数万、時にはもっと高い金額で取引されるレアカードは、外部からの侵入だけに留まらず、スタッフによる持ち出しも警戒するせざるを得ない。そのため専用のチェック体制と人員を設けるのは当たり前だった。
今回はレアカードの存在に加え、原料と製法も極秘としてある。貴族向けの高額商品だし、貴族が関わってというか主体で作っているので、おいそれと忍び込もうとする馬鹿もいないとは思うが、用心にこしたことはない。
エルソン男爵は、今現在開発チームが使っている屋敷をそのまま工場にすることにしてくれた。屋敷は、領主館の隣にあり、先代のエルソン男爵が宰相補佐に就任すると同時に建てられた、来訪した貴族の従者用のゲストハウスだ。部屋数と広さもそれなりにあったので、ベースカードの生産、イラスト印刷、カードテキスト印刷、パッケージ印刷、取説印刷、組立て、梱包などの各生産部署ごとの部屋を割り当てていく。
ちなみにカードのテキストだが、銅製の小さい文字の判子を組み合わせてスタンプしている。それぞれの判子のサイズを統一するのと、大量に作るので、金属細工の職人にもの凄くがんばってもらった。言語体系が英語に酷似しているものだったので、スムーズに作れたが、中国語や日本語のような言語だったらと思うと背筋が寒くなる。判子作っている最中に気づいたが、これは活版印刷と呼ばれるものだった。遠い昔に歴史の授業で習った記憶が蘇った。
◇
TCG生産において大事なのがアッセンブリだ。アッセンブリは組立てるという意味で、TCGでは、カードをパッケージに詰める作業のことだ。そして、ここで発生するのが、丁合ちょうあいという工程だ。丁合は、元々は製本する時に紙をページ順に揃える作業のことだが、カードゲーム製造では、複数種類のカードを1セットにまとめることを言う。ところがカードゲームは1パッケージの中にレアカードが入っていたり、いなかったりする。レアじゃないカードも、ランダムにカードが入っている。
『マギクロニクル』では、カードのレア度は4段階あり、星の数で表現している。星なし(コモン)、星1(アンコモン)、星2(レア)、星3(スーパーレア)だ。
ブースターパックは1袋に5枚カードが入っている。その1袋の中に、最低1枚は星1が入る。それ以外に、5袋に1枚は星2が入り、10袋に1枚は星3が入るバランスにしている。貴族相手には10袋を1ケースとして、ケース単位で販売する。そうすると、スーパーレアが1枚は必ず出るので、全く手に入らないという事態は避けられる。
俺は頭を悩ませながら、必死に丁合の計算をして指示書を作った。各レア毎のカードを事前に裏向きにして、カードが痛まない様に注意しながら、徹底的に混ぜこんでおく。それを箱にいれて、レア度ごとにエリア分けをする。作業スタッフは、指示書に従って、エリア毎に指定された枚数を裏向きのまま取っていき、詰めていく。絶対に作業中にカードの表面は見ないように徹底してもらう。作業スタッフは、エルソン男爵によって指名された固定メンバーだ。
各工程を設定し、工程毎の管理体制や作業法を確立させ、さらに何回か稼働させて問題点の洗い出しと修正、再構築を念入りに行った。前世で工場の立ち上げ業務のヘルプで出張したときの経験が生きている。
◇
エルソン男爵と、父親のエイデン老との間で売値の設定も行われた。俺も打ち合わせに参加した。
ポイントになるのは、ブースターパックの値段だ。前世であれば子どもの1ヵ月のお小遣いで買える500円以下が、ブースター1パックの適正な値ごろ感なのだが、『マギクロニクル』は貴族向けで、今のこの世界での最新の技術を幾つもつぎ込んだ最先端の高級遊戯カードだ。
ちなみに貴族の子どもにお小遣いというものはない。欲しいものを側付きの使用人に伝えることで、手に入ったり、ものによっては親から止められたりする。また貴族の子ども専用の商品でもなく、大人も対象だ。そうなると貴族が適正だと思う金額が、俺には全くわからないので、最初は聞き役に回っていた。
「父上、それでは1パックを500リムでどうでしょうか?10パック入った箱でしか売らないので合計5000リムになりますね」
この世界の通貨単位はリム、庶民の1食分のパンが2リムで固定されており、独身男性であれば家賃も含めて30日で6~700リムくらいで暮らしていける。最初に出てきた金額を聞いて、貴族やばいな、と俺は内心冷や汗をかいた。カード1枚で50個パンが買えてしまう。
「それでは高すぎんか?その半分でもいいと思うんじゃが」
「ですが、それ相応の金額をつけねば、なめられてしまいませんか?」
エルソン男爵には、以前に開発費用、主に人件費がすごいことになっていると愚痴をもらっている。そのあたりもあるので、値付けがかなり高額になっているのだろう。また、貴族用の商品の値段が安すぎると、貴族はとても馬鹿にするものらしい。ひいては、その商品を作った、その貴族をもそういう目で見てしまうものだと聞いた。かといって、値段ばかり高くて中身が釣り合っていないと、それはそれで買ってもらえないと言う。
「うーむ…リュードはどう思う?」
振られても困るが、答えない訳にはいかない。
「領地にもよると思いますが…、男爵、子爵の爵位の方が、そうですね2~30日に1回、新しいものを買うとしたら幾らくらい使えそうですか?」
「難しいのう。確かに領地によるがな。そうだな、それでも答えるなら3000~4000リムあたりじゃろうか?」
エイデン老は、宰相の補佐役まで勤めた人間だ。他の貴族の懐事情もおおよそ把握しているのだろう淀みない返事だった。
「であれば、1パック150リム、1箱1500リムでどうでしょうか?」
「それでは、あまりに安すぎる!」
「『マギクロニクル』は確かに高級カードですが、たくさん買ってもらわねばゲームとしての真価は発揮できません。そしてゲームにはまってしまえば、レアカード1枚手に入れだけでは決して満足しません。買い続けます。毎月何人もの貴族の方が、1500リム払い続けてくれます」
「だが、貴族になめられはしないだろうか…」
「貴族の方々は、基本的に直接商売をされることはないのですよね?」
「外向きにはな。実際はどの貴族も、自領の特産品を御用商人と共に開発するのが当たり前じゃ。そうでなければ、他の貴族が求めるものなど作れようはずがない」
「では、表向きには商人が高値をつけようとしたのをエルソン男爵がもっと下げるように命じたとしてはいかがでしょう?理由としてはカードを売るのではなく、新しい遊びを、文化を広げたいからというものです。あぁ、いいですね、そのセリフを前面に押し出していきましょう。というか…」
「というか?」
「貴族の皆様は、内心では買いやすいことに感謝するでしょうし、もし実際に遊んでいるのに値段が安いことに文句を言う人がいたら、なんというか、ちょっと笑えてきませんか。」
「ハハッ、たしかにそうかもしれないな」
「そうじゃな。買わずに文句を言う者がいたら、それこそ放っておけばいいじゃろう」
「あと、どうしてもというのであれば、スターターセットや、公式周辺商品、後々展開する小説などの値付けは、ちょっと高めにしておくのもいいかもしれません」
俺の話に2人とも納得し、各商品の値段が決まっていった。
◇
作っている最中は、開発ハイになっていたため、あまり感じなかったが、最近は少し余裕もでてきたため、ちゃんと売れてくれるのだろうかと不安がよぎることも多い。もちろん態度に出すことはない。プロジェクトリーダーが不安な様子を見せてはならない、むしろ最後まで突っ走って、それで売れなかったら、世の中が間違っていると豪語するくらいでないといけない…と、前世で先輩に教わった言葉が頭の中に響く。
昨年の秋の感謝祭から端を発し、冬にTCGの企画開発をスタートさせた。あれから約1年かけて、ようやくここまで来た。我ながら、よく組み上げることができたと思うし、関係者には感謝の気持ちしかない。
そして季節は冬へ入った。
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