22◆異世界TCG・商品開発風景◆
俺が、今回エルソン男爵から話を受けて、TCGを開発することにした理由は2つある。
1つは、この世界の識字率と文字を扱う層だ。前世では、ほぼ全ての人間は文字を読めていたが、この世界では、貴族や一定以上の規模の商人、文字を扱う必要のある職人や聖職者など限られた人間しか文字を読むことはできない。俺も騎士爵の3男だったから教えてもらえたが、普通の町人に生まれていたら習う機会がなかっただろう。
TCGは、遊びの基本はルールブックなどで説明され、そのキャラクターが持つ能力などはカードに個別に書かれている。必然的に、この世界でTCGを遊ぶメイン層は貴族階級になってしまうのだ。
もう1つの理由は、継続した利益をあげることだ。前世において、TCGは多数のユーザーが、安価なカードを大量に購入する、『薄利多売型』の商品だった。しかも、収集してゲームに使用するという商品の仕組み上、ユーザーが何度も買ってくれるという“超”多売でもあった。さらに、材料は紙なので、実際はそこまで薄利ではない。大ヒットしたTCGで、関係者が満面の笑みで「金を刷っているようなものだ」と言っていたことを思い出す。
この世界で俺が目指すTCGは、前世ほどのユーザー数は期待できないので“超”多売にはならない。だが遊ぶ層は金持ちだ。受入れられれば、確実にお金を使ってくれる。はまりさえすれば、たくさん買ってくれると予想している。造語にはなるが、狙いを表現するなら『多利中売』になる。1つで大きな利益をあげるものを、そこそこの数売る。作るコストもそれなりにかかっているし、カードだから安いだろうという先入観もないので、値付けは高くできるとおもっている。
そして併せてキャッチコピー、売り文句も考えておく。今回のTCG『マギクロニクル』は子どもだけのものではない。TCGは子ども大人も楽しめるのが特徴だ。「貴族の新しい知的遊戯」「親子で楽しめる」「子どもの頭がよくなる」「戦略眼が身につく」「集める楽しさ」「カードを愛でる楽しさ」「壮大なストーリー」などの売り文句を用意しておいた。後は実際にテストプレイでユーザーの反応を見ながら、どのキャッチコピーを1番に持ってくるかを決めようと思う。
◇
「リュードさん、フリープレイのデータ100戦分終わりました!」
「お疲れさま。どんなだったかな?見せて」
俺は黒板に書かれたプレイ記録を見ていく。
「うーん。この、それぞれの魔法使いの属性の魔力が溜まっていくという部分、実際やってみてどうだった?」
「はい、カウンターチップを使っても、混乱することが多くて…」
「やっぱりそうだよね…。わかった、じゃあルールを変更する。『各属性ではなくて、魔力というチップが毎ターン1つずつ溜まっていく。それは数だけあっていれば、どの属性の魔法でも使える』これで、それぞれの属性で30プレイやってまた教えて」
「わかりました!おーい、ルール変更入った!集まって~!」
商家の息子など、文字が読める10人で編成したシステム・デバッグチームとの打合せだ。デバッグというのは、ゲーム上のシステムの不備を見つける作業で、とてもとても大事な工程だ。あのカードの組み合わせには絶対に勝てないとか、これをやると永遠にゲームが終わらないとか、そういうシステム上の穴があるものは、ゲームとして破綻しており、商品とは言えない。経験上、さすがにそこまで大きなミスしていないはずだが、検証はどれだけやってもいい。
ゲームの基本システムは俺が全て考えている。俺が最初に行ったのは、貴族の生活や文化、遊具や玩具を知るため、エルソン男爵の屋敷の中を自由に歩かせてもらい、気になるものを全てに質問し、教えてもらうことだった。
知的遊具はチェスぽいゲームや、簡単なすごろく風のボードゲームがあった。俺はそれらのルールを細かく聞き、今回のTCGのシステムの複雑さ、ユーザーのアクション数がどのくらいまで許容されそうかを推し量った。TCGの欠点の1つでよく上がるのが、はまると抜け出せないほど面白いが、ルールが複雑で、最初につまずいて2度と遊ばなくなった…というものだったからだ。
◇
「リュードさん、今日のテーマは何になりますか?」
次は文芸・設定チームだ。
「属性と三賢人の設定は終わったから、それぞれの属性の中で有力な家、家系を設定しよう。属性ごとに2~3つ考えて、それを並べて体系化しよう。それが決まったら、すでに出ているキャラクターを割り振りつつ、新規のキャラの設定と相関図を作ろう。愛情、憎しみ、兄妹、家族、師弟、敵味方…いろいろ入れてみよう」
「では、まず僕の考えてきた分から聞いてください!」
TCGのカードには、ルール以外にもフレーバーテキストと呼ばれるキャラクター性や世界観を表現する簡易な文章がつく。例えば、あるキャラクターのカードに「俺は、やつに復讐するために生きている。親父の仇だ!」というセリフがあって、別のキャラクターのカードに「我が角を折ったあの男の息子。いつでも我に挑みに来るがよい」なんてあると、何かのストーリーがそこにありそうでワクワクする。
そういった世界観、キャラクターを設定し、ストーリーを組み上げていくのが文芸・設定チームの役割だ。商品発売後には、それぞれの文芸小説を書いていく予定もある。有名になりかけていたけど権威につぶされてしまった下位貴族家出身の劇作家がリーダーで、その下に5人つけている。
最初は、作家達は思っていた以上に頭が固かったが、「どんなことでも考えていい、判断は俺がする」と伝えつつ、ちょっとでもいいと思った話や設定があれば採用すると同時に誉めて伸ばして…と繰り返すことで、かなり回るようになってきた。ちなみに前世をカウントしなければ、全員俺よりも年上だが、商品開発では年齢は関係ない。
◇
「リュードさん、これでどうでしょうか?」
目の前に並べられた、キャラクターや呪文のカードのラフを見る。システムがまだ完成はしていないが、一部進められるイラストもあるので画家チームに幾つか仕事は振っている。
画家チームは8人で、商家の次男で絵を勉強していたが、俺のトレカの絵に感銘を受けたと、わざわざ俺の家にまで来て弟子入りを志願してきた少年がリーダーだ。年は若いが、誰よりも早く俺のところにきたのと、呑み込みが異様に早くてセンスがいいので、他の画家にも納得してもらってリーダーに据えた。
「この炎の魔法のカード、人物がちょっと小さいかな。木工チームが型紙を切り抜くのに、かなり難しいものになりそうだから、いっそ半分くらい影にしちゃうのはどう?その方が迫力も出そうだし」
「なるほど!わかりました!」
ステンシルという手法に向いている、アウトラインをしっかりとったイラストの描き方を画家チームの皆には練習してもらっている。大量印刷に使う輪転機りんてんきは、どう開発すればいいのかもわからないので、カードの印刷は今後もステンシルだ。人海戦術になるが、それで領内に少しでも仕事が増えるのであれば良いかと思っている。ちなみに俺がトレカを作ったときは1枚につき4色だったが、貴族向けの商品なので7色まで増やしている。
「あと、この黄色の魔法使いイリムルの構図、かっこよくていいね!恋人の赤の魔法使いマリィのカードが横に置かれた時につながりがある絵に見せようか」
「それはいいですね!」
俺は画家チームとの打ち合わせを終えると、次の打ち合わせに向かった。木工チームや周辺商品を作る職人チームとも話を詰めていかねばならない。リリース後の販売計画、メディアに代わるTCG新聞の発刊、原料チームと生産チームとの連携方法、総代表者への説明…やることは常に山積みで、ただただ目まぐるしく忙しい日々が延々と続いた。商品開発ハイという軽い興奮状態になっていたので、不思議とつらさは感じなかった。
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