21◆異世界TCG・チーム発足式◆


「皆、今日はよく集まってくれた。今日は、このエルソン領が、より発展するための、今までにない全く新しい商品を作る…そのための発足式だ。皆、もう会っているだろう。我が忠実なる騎士パスガンの3男にして、今回の商品の要となるリュード・ラーモットだ。リュード、さぁ、改めて皆に挨拶をしてくれ」


 エルソン男爵が壇上から俺を呼ぶ。壇上に立つと、30人ほどの人間が俺を見る。


「えー、改めまして、リュード・ラーモットです。といっても全員すでに会っていますが。挨拶の前に、最初に私から贈り物をさせていただきます。お願いします」


 俺の合図ともに、部屋の壁に控えていたメイド達が黒い布で包まれたものを丁寧に配っていく。


「今、皆さんにお配りしたのは、今日のために、この式のためだけに私が作った特別なアイテムです。全員にいき渡るまでお待ちください。せっかくなので、皆で一緒に開けましょう」


 黒い包みが配られる様子を見ながら、俺はこの30日ほどの間に行った研究と開発のことを思い出していた。





 TCGのカードは、材質、厚さ、持ちやすさ、しなり、印刷のしやすさ、耐久性、コスト、全てにおいて高い基準をクリアしている。トランプや占いカードを含め、長い歴史の中で、常に扱いやすいように、遊びやすいように、長く持つようにと、研究・開発されてきた技術が注ぎ込まれている。


 TCGを開発することが決まったとき、俺が最初に行ったのは、この世界での高い品質のカードを作ることだった。感謝祭で作ったトレカは、厚さが3ミリ近くもある、カードというよりはプレートで、とうていゲームができるものではなかったからだ。


 カード製法の技術をラーモット家の秘伝としたので、俺は母親にその責任者になってもらった。そして素材や作り方を全て教えた上で、俺が目指すものを説明し、それ以来、ときに2人で、ときに母親が1人で研究と改良を重ね続けてきた。


 様々な材料と配合比率を試した結果、雲草と呼ばれる植物の花と言うか、綿状の果実を乾燥したものが最適だとわかった。古くから糸、服の材料として栽培されており、冬以外の季節なら、数十日で育つ元気な植物だ。どこの領でも育てている植物で、エルソン男爵も、屋敷の裏の丘に畑を持っていたので、そこから収穫して使うことになった。


 少しだけ銀色のまじった白い綿を、洗浄し乾燥させた後、ひたすら細かくする。それを生石灰と『スライム粉』に混ぜて溶液を作る。その溶液を、磨き上げた岩板に塗りつけて均一に均して乾燥させる。乾燥した上から、再度同じ溶液を塗りつけて、もう1枚の岩板を上から乗せてプレスした後、乾燥させるとカードが完成する。


 実に手間がかかっているが、その結果、しなりと強度を持たせつつ、1ミリまで薄くすることに成功した。白の中に雲草の微細な白銀が散って、高級感も爆上がりしている。


 エルソン男爵に、熱い説明とプレゼンをしたまではよかったが、あの時点でカード素材を良いモノに仕上げられるかどうかは全く自信がなかった。見切り発車にもほどがったが、なんとかなって本当によかったと思う。





「いき渡りましたね。それでは皆さん、包みを開けてください!」


 黒い包みの中にはキャラクターが描かれたカードが1枚入っている。子ども、姫、青年、壮年の4種類だが、どのキャラも杖を持ち、ローブのような衣装を着ている。いわゆる魔法使いのイメージだ。


 イラストのアウトラインとカードの装飾枠に、黒を使っているのはいつもの通りだが、カードの下地の白を人物の肌の色にして、それ以外は塗料を1色のみ使った、影絵のようなパリッした、かっこいいカードだ。ちなみにデザインは同じでも、使っている色が赤青黄緑の4色とカードによって異なっているので、同じキャラでも印象が変わる。


「おぉ!なにこれ!かっこいい!」


「うわぁ、きれい!」


「ううむ…。この絵の陰影は…初めて見る表現だ!」


「これは、美しい…」


「この素材は…?何をすればこんなものが作れるのだ?曲げても折れないぞ?」


「あれ?絵柄が違う?そっちは何?俺は青のローブの青年」


「こっちは緑の子供だ」


「俺は青年だが、赤ローブだ」


 皆が興奮した面持ちでカードを見る。そして隣の人のキャラクターを聞いては見せ合う。


「今、皆さんは中が見えない状態でカードを渡されました。そして開けた後、他の人の持っているカードを見て、あれもいいな、欲しいな…、いや全種類欲しいな、とそう思った方もいらっしゃるでしょう。もし2つめを買うなら、又はもらえるなら…、その時、あなたの胸は高鳴るでしょう。何が出るかな?と。これがこの商品の売り方の1つです」


 皆がなるほどと、しきりにうなずく。既に売り方を知っている人間もいるが、自ら体験するとより深く理解できるし、自分が関わる実感をよりもてるようになる。


「このカードは、これから私達が作り上げていく商品の原型にあたるものです。私達の作るカードは主に貴族の人達に向けた商品になります」


 このあたりは事前に説明をしている。驚く人もなく、皆頷いている。


「この先、貴族の間で流行り売れていけば、今皆さんが持っているカードは、たぶん高額で取引されるものになります。今はピンと来ないかもしれませんが、すでに皆さんは宝物を手にしています!」


 俺も手に1枚カードを持っている。俺の持っているのは黄色の姫だった。困惑と少しの興奮を含んだ目が、俺と俺の手にしたカードに集まっている。


「今回は、特別なカードとして制作しましたので、これと同じ種類のカードは販売されません。全て揃えることは叶いませんが各自で交換していただくのはもちろん自由です。将来的にお金に困ったときに売れるかもしれませんね」


 これが?と皆首を傾げながら、自分の持つカードをしげしげと見る。


「エルソン男爵、大変申し訳ありませんが、今日のカードは今後作らないことを、どうぞご了承ください」


「今回の式だけの特別なものだ。わかっている」


 事前に打ち合わせした通り、エルソン男爵が答えてくれた。俺が面談をし、人選をしたとは言え、過去に組んだことのない急造チームだ。けれども、これから長く付き合い、皆で1つのモノを作る、いや、作るだけではない、大きな波を、うねりを起こして続けていかなければならない。


 今日の発足式は、俺が提案したものだった。今回集められた皆は、自分達が作っていくものの全体像を把握していないし、できない。世の中にTCGのような商品がないからだ。だから、少しでもイメージしてもらいたいのと、発足式を通じてチームの皆に仲良くなってもらいたかった。


 さらに今後手に入らないこの場だけの特別なカード、自分にだけ与えられた特別な1枚が手の中にある。今後手に入らないというルールには貴族でさえも従うという。


 皆の顔つきが、少しずつ変わってくる。興奮に加え、体の奥底から湧き上がってくる気力、やってやるぞという意思が立ち上ってくるのがわかる。これだ、この熱が何より大事だ。この熱があれば、いい商品ができる。


「では、これから私達が作り上げていく商品の名前を発表させていただきます。カードを収集して自分だけの魔法使いのチームを作って戦う対戦型カードゲーム、その名は…『マギクロニクル』です!」




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