15◆異世界トレカ・販売編①◆


 感謝祭の日が来た。町は数日前からそわそわと浮かれた空気が漂っており、誰もが楽しみにしていたのを見て取れた。


 ここでちょっと通貨の説明をする。この世界における通貨は、単位をリムと言う。1リム小銅貨、10リム銅貨、100リム大銅貨、1000リム銀貨、その上は庶民が見ることはない10000リム金貨がある。1食分のパンが2リムで固定されており、独身男性であれば、月の概念はないが、家賃も含めて1か月600リムくらいで食べていける。


 多くの子どもは普段は小遣いをもらえない。必要がないし、使う暇もないからだ。子ども達は、幼いころから兄弟の世話や家の手伝いなどで働かされたりしていることが多い。一定以上の金持ちになると、働く代わりに勉強や習い事が入るため、どちらにせよ忙しい。だが感謝祭のこの3日間だけは特別だ。1年に1度の、お小遣いを渡されて思い切り遊んでいい日なのだ。家庭にもよるが、その時にもらえる金額は3日間分で10~15リムだ。


 俺は今回のトレカを1枚5リムと設定し、売るのは子どもだけとした。手伝ってくれた母親達の反応を見ると大人でも買ってくれると思うが、前世で作っていたのは、子どものおもちゃだ。この世界の最初の商品は、やっぱり子どものものにしたい。





 俺は町の広場の片隅に敷物を敷いて、トレカの入った木箱と、5種類の見本のカードを並べて置いた。


 見本のカードは小さな台と綺麗な布で1段高くして豪華に飾り立てる。カードの手前には小さな木札で、それぞれのキャラの名前を書いておく。『火の国の旅人』『白の姫様フィマルド』『海王子』『大賢人アスエル』『狼の戦士タタマ』。さらに横には大きな木札で「1枚5リム。何が手に入るかはわかりません。子どもだけ買えます。」と書いておいた。識字率は低いので読める人も少ないだろうが、値段はわかるだろうし、書いておけば、一応予防線になる。





 最初に買ってくれたのは、5歳くらいの女の子だった。10歳くらいの兄に手を引かれて通りを歩いていたその子は、俺のところにきて、『白の姫様フィマルド』を指さした。


「お兄さん!このお姫様なに!?」


「これは白の姫様、フィマルドだよ。」


「うわーー!すごい!きれい!かわいい!これください!!」


「ごめんね、この商品はね、どのカードが出るかわからないんだ。」


「えーそうなの!どうしてもダメ?お願い!お願い!」


「ごめんね」


「うぅ…」


 俺は少し胸を締め付けられながら答える。ごめんね、トレカとはそういうものなのだ。こちらの世界では、こういう売り方している商品はないだろうから、すごく納得はできないだろうけど、こればかりはしょうがないんだ。…だからそんなに泣きそうな目で見ないでほしい。


 俺が女の子の隣にいたお兄ちゃんを目をむけると、お兄ちゃんは『大賢人アスエル』『狼の戦士タタマ』を食い入るように見つめていた。


「それは大賢人アスエルで、こっちは狼の戦士タタマだよ」


「!!」


 お兄ちゃんが、やっぱり!という顔でこっちを見る。イラストにはかなり食いついてくれているみたいだ。お兄ちゃんが欲しいのは2種類、女の子が欲しいのは1つのみ。


「5種類のうちどれか1枚が入っているから、お兄ちゃんと1枚ずつ買えば白の姫様が出るかもしれないね。あ、でも出なかったらごめんね。」


 そう言って、2人の反応を見る。2人はカードを何回も見ては、真剣に話をする。子どもにとっては安いものではないから、買った後に残るお小遣いの使い道を話し合っているのだろう。


「キラキラした特別なカードや、すごく貴重な隠しカードが出るかもしれないね。」


 俺は悪魔のささやきを放つ。今回隠しカードの他にキラカードも何枚かに1枚の割合で仕込んである。キラ成分は、川にいる透明の魚の魔物の透き通った鱗を乾燥させて微粉末状にしたものをニスに塗り込んで作った。見る角度が少し変わると、細やかな輝きがカードを覆う、なかなかステキな見栄えのものになっている。


「2つください!」


 お兄ちゃんが小銅貨を10枚差し出してきた。


「はい、ありがとう。」


受け取った俺は、木箱のふたを開ける。


「はい、じゃあ、ここから2つ選んでね。1回手にしたら、戻したらだめだよ。」


 しっかりと葉っぱに包まれたトレカは、外から見て何が入っているかわからないのだが選ぶ2人の目は真剣だ。ちなみに全部混ぜてしまったので、俺も何が入っているかわからない。やがて2人がそれぞれ1つを選んだ。俺は心の中で、白の姫様フィマルドが入っていますように!と祈る。


 女の子の開けたトレカは『海王子』が出てきた。お兄ちゃんが開けたトレカは…『白の姫様フィマルド』だった。しかもキラカードだ!買う前にフィマルドが出たら女の子にあげる話がついていたのだろう。


「やったーーーーっ!」


 女の子が満面の笑顔で、歓声を上げる。俺も本当に嬉しかった。やっぱり子供の笑顔は良い。


 「やった!やった!姫様かわいい!やった!しかも、ほら!見て!お兄ちゃん!すごいキラキラしててきれい!やったーーーっ!」


 ぴょんぴょん飛び跳ねる女の子に周囲の注目が集まる。お兄ちゃんも、妹が喜ぶ姿を見て嬉しそうだ。手元の『海王子』のカードをちらりと見たときに、少しだけ悲しそうな表情をしていたが。


 兄弟の様子を見て思ったが、前世と違って、この世界の子どもたちは“絵”に慣れていない。お金持ちや貴族の家でない限り、一般の人は普段の生活で絵を見る機会が少ないのだ。そこに俺のアメコミ調のキャッチーなイラストが突き刺さった。


 俺が子どもの頃に買ってもらったおもちゃ達は、俺の宝物だった。夢中になった。今買ってくれた子ども達が、単なるトレカ以上の価値を感じてくれているとしたら、これほど嬉しいことはない。


「お兄さん…」


「ん、どうした?」


「もう1枚…ください」


 お兄ちゃんが、小銅貨を渡してきた。諦めきれないその気持ち、うん、ものすごくわかる!残りの小遣い大丈夫か?なんて野暮なことは聞かない。俺は心の中で、望むものが出ますように!と念じながら、お兄ちゃんの手元を見つめる。


 …中から出てきたのは、『海王子』だった。






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