14◆異世界トレカ・製品開発編◆
トレカのベースはできた。次に考えるのは印刷方法だ。当然ながら、この世界には印刷機はない。前世では、CMYK(シアン、マゼンダ、イエロー、ブラック)の4色をかけあわせた一般的な印刷物の版下データは作ったことはあるが、その先にどういう工程を経て印刷するフィルムにしていくのか、インクをどうやって刷るのか、全く分からないので再現すること出来ない。
前世で美術専門学校にいた頃にシルクスクリーンの作品を作ったこともあったが、なんとなく薬剤みたいなものも使った記憶があるくらいで原理も必要なものも覚えていない。
一番簡単なのは木版画だが、掘るのも相当な工数がかかる。だからと言って、色数を減らして、単色とか2色で印刷したものを俺はトレカと呼びたくない。1種のデザインにつき、せめて4色、黒を入れて5色は使いたいが、そうするとかなりの枚数の版画を掘らなければならない。
これらは既に答えが見えていた。手間はかかるが木版画ほど大変じゃないもの…ということで、俺はステンシルを採用することにした。紙や金属などの薄い板状のものを、文字やイラストの形にくりぬいてテンプレート、型紙を作る。それを紙や布にのせ、テンプレートごと上から塗装すれば、同じ大きさ・同じ形の文字や図形を速く量産できるという手法、ツールだ。
◇
テンプレートを作るのに、またしても『スライム粉』が役立った。無染色の薄い布を、四角い型枠に張った状態で固定する。絵を描く人であれば張りキャンパスという表現がわかりやすいかもしれない。そこに『スライム粉』を溶かした水を染み込ませ、乾燥させる。出来上がったのは、ぴしっとした布プレートだ。
布プレートをカードサイズにカットし、その1枚に原画を描く。次にカードと同じサイズの四角い木枠を用意し、その上に原画ともう1枚のプレート重ねて置いて、木枠の中に昼間法で光る玉を置けば…トレース台の完成だ!強い光源で下の絵が透けて、上から重ねて描くことができるようになった。あとは、各色ごとに作ったプレートの絵をナイフで丁寧にくりぬいていくだけだ。
トレカのモチーフに選んだのは、この世界では子どもの頃に誰もが聞いたであろう、おとぎ話の登場人物だ。最初は神様とかにしようかと思ったが教会関係から怒られる可能性があると思い止めた。
『火の国の旅人』
『白の姫様フィマルド』
『海王子』
『大賢人アスエル』
『狼の戦士タタマ』
それぞれのお話があるのだが、ここでは紹介しない。姫あり、筋肉戦士あり、イケメン王子あり、渋い賢者ありのバラエティにとんだラインナップだ。これにシークレットのキャラを入れて全部6種類としている。トレカとしてみれば種類数は少ないが、しょうがないと諦める。いずれ、もっと大きな規模で商品化し、たくさん種類を作ろう。
1種のトレカにつき5枚のテンプレートを作る。6種類×5枚で合計30枚のテンプレートをナイフで細かく切り抜いて作るのはかなり疲れる作業だったが、楽しくて時間を忘れ、10日以上、冒険者活動もせずに昼も夜も作業に没頭した。会社で寝泊まりした前世の日々を思い出す。体も心も疲れて、しんどかったが、1枚プレートが出来上がるごとに、ものを作りあげていく確かな実感があった。
テンプレートがようやく完成したので、そこからは人の力を借りることにした。
母親のアウラはいつも家にいる。ラーモット家は騎士爵で、母親はその夫人であるから、付き合いも多いのかと思いきや、そもそも騎士爵の夫人は、貴族の御婦人達のようにお茶会などはしないそうで、他の騎士も他の町に住んでいるため、つきあいもない。俺を含む子供達がある程度育ってからは、さらに時間を持て余し気味だったそうだ。
そんな折、毎日出かけて冒険者活動を勤しんでいた俺が急に家に籠り始めて、昼夜問わず何かごそごそしているのだから、ずっと気になっていたらしい。母親はしょっちゅう俺の様子を見に来ては、俺の描いた原画を見て目を丸くして驚き、その後は「素敵だわ!リュード!」「これどうするの?私にくれないかしら?」とずっとうるさかった。
なので事情を話して手伝ってもらうことにした。母親と、近所の奥様3名、俺の乳母だった女性の計5名が、テンプレートをカードにあてて、ペンキを染み込ませた布で、ポンポンと色付け作業をしてくれている。もちろん給金は払っている。
ちなみにテンプレートで色を塗る際には薄い色から塗っていき、最後に、枠を兼ねたアウトラインとして黒を塗って完成する。一番近いイメージで行くと、ちょっと線が太めのアメコミのイラストだ。我ながら、かっこよく、きれいにできたと思っている。奥様達のイラストに対する反応もすこぶるいい。
センドも力仕事を手伝ってくれつつ、ソロで冒険者活動に行っている。その際に山にある材料の採取も頼んでいる。
父親が帰宅した折、作業の様子を見て何をしているのか説明させられた。「おもしろいものを作るのが使命である」と以前に説明しているため、すんなりと受け入れてくれたが、「今度からは何かする前に一度言いなさい」と軽く諫められた。ただカードを見て、非常に感心しながら「私の分の1セットを作っておいてほしい」と頼まれ、快諾した。
どのくらい生産しようかと悩んだが、反応もいいみたいだし、お祭りの上がったテンションで、なんだかんだ売れてくれるだろうと見込みをたて、シークレットのキャラ以外の5種類は各80枚ずつ作ってみた。前世では生産数量を決めるのは、主にqq販売会社の営業だったが、自分で決める時もあった。売れてくれるだろうか…このドキドキする感覚も久しぶりだ。ちなみにシークレットは実験的な意味合いもあったので、母親にも見せずに全ての作業は全て自分で行った。
数色が組み合わされたカードに、植物原料のニスを塗り乾燥させる。危なくないように角を丸くする加工もしてある。裏面は真っ白のままで何のデザインも入れられなかったが、今後がんばることにする。そしてパッケージまで作る時間はなかった。なので、中のカードの種類が見えないように、センドに山から採ってきてもらった大きい葉っぱで包んだ。見た目は、平たいどっかの田舎のお土産みたいになっているが…トレーディングカードが無事に完成した!
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