13◆異世界トレカ・素材開発編◆
トレーディングカード、略してトレカ。スポーツ選手やアイドル、アニメやゲームのキャラクターが印刷された収集、及び交換することを目的とした複数種類のカードだ。ゲームができるものはトレーディングカードゲームと呼ばれる。
俺が、この異世界で初めて作るものにトレカを選んだのは理由がある。フィギュアや立体物の商品も作ることはできるだろうが、時間がなく、設備もないので作ったとしても量産ができない。せっかくお祭りで売るのなら、少しでも多くの人に届けたいので、ある程度大量に作れるものにしたい。
識字率が低いため、文字を使ったものは富裕層や貴族向けになるため、感謝祭の露店向けではない。遊び方の説明が必要なものも、露店でじっくり教える時間はないだろうから向いていない。一目でそれが何か分かって、説明もいらないもの、そしてできれば、目につきやすく、人の心を何らかの形でゆさぶるもの…ということで、選んだのが商品がわかりやすく、コレクションとして価値のある美麗なカード、トレーディングカードだった。
◇
この世界に魔物の皮などを使った羊皮紙はあっても紙自体がない。印刷技術も俺の目にしてきた範囲では存在しない。だが印刷に関しては、方向性が見えていたので、まずはカードから作っていくことにした。
材料として使うのは石灰石せっかいせきだ。前世で石を材料にした紙をプレゼンされたことがある。当時は、使いどころがなく商品にすることはなかったが、思ったよりもちゃんと紙になっているなぁと驚いたものだった。その原料が石灰石せっかいせきだった。
石灰石は、チョークや白の塗料の原料でもあり、さらに石灰石を焼くと生石灰せいせっかいができる。この生石灰に水と糊のりと植物の繊維を混ぜれば壁などに塗る漆喰しっくいという建築材料になる。この世界の金持ちや貴族の家の壁は、この漆喰を使っているので白い。
そしてもう1つ、以前から何かに使えないかと考えていた素材『スライム粉』だ。名称は俺がつけた。
スライムという魔物がいる。20センチほどの大きさで、空気が半分抜けてつぶれたゴムボールみたいな形をしている。外側は透明の膜に覆われていて、中にはクリアブルーの液体がつまっており、その中にピンポン玉サイズの青い核が浮かんでいる。国民的RPGのような目や口はついていない。このスライム、間違いなくこの世界の最弱の生物だが、俺達の生活にはなくてはならない存在だ。
スライムは有機物を取り込んで溶かして食べるため、トイレに必須、というかトイレそのものだ。生ごみの処理もしてくれる。だがスライムは人間や他の生き物、草や木などは食べれない。野生では森の中の湿った所に生息し、落ち葉や動物の死体などを食べている。虫や鳥や小動物にすぐ食べられてしまうが、増えるのも早い。食べるものがあれば2~3日に一度核が分裂して増えるので、木の棒などで、トイレのスライムの核を突いて数を一定に保つのが、どこの家庭にも共通するルールだ。とにかくこのスライムがいるおかげで、この世界は驚くほどに清潔だ。
このスライムの外側の膜だが、スライムが生きている間は棒きれで突くだけで破れるが、死んで水分が完全に抜けて乾くと、しぼんでカチカチに固くなる。しかも水にひたしても戻らない。俺はずっと疑問に感じていた。なぜ体の中の液体は流れ出ると蒸発して消えてしまうのに、外膜だけは乾くと硬化し、そして水で戻らないのか?ふやけすらしないのか?
おそらくだがスライムが生きている間は、核から魔力が出ていて、外膜を魔力で維持している。そして外膜は水分と同時に魔力も抜けることで変質し、硬化し戻らなくなる。それが俺の推測だ。
そして推測があっているとすれば、魔力の含まれた水を用意すれば、再び溶かすことができるかもしれない。けれども、それをできない理由があった。人間は魔力だけを出すことはできないのだ。魔力は、人から出た瞬間に魔法となって現象や物質に変化する。俺が魔法で出す水は、普通の水にしかならない。試したが、もちろんスライムの外膜は溶けなかった。
魔石は人間が触れていると魔力を放出する。そして以前から不思議に思うことが1つあった。ごくわずかにだが、沁み出る水の量や吹き出る風の量と、それに必要とする魔力の量に差があるように感じていたのだ。これは俺が複合魔法を作る上で、混ぜ込む魔法の割合を細かく調整ができる人間だから気づいたことだ。
もしかすると現象化できずに魔力をわずかに無駄に放出している可能性がある…と俺は思っていた。
乾燥した外膜を砕いて細かくした『スライム粉』を、木桶に入れ、上から水を入れる。もちろん粉は混ざらずに上に浮いているだけだ。俺は手に複数の水の魔石を載せたまま、木桶の中に入れていく。少し握ったまま、水をかき混ぜていく。すると浮いていた『スライム粉』が溶けていった。
「よしっ!やっぱり!成功だ!」
俺の予想通り、放出された魔力の一部は水に混じり、魔力を帯びた水は『スライム粉』を溶かした。俺は続いて生石灰を入れて、しっかりと混ぜ混むと、その白い溶液を平たい木枠に流し込んだ。
「ホットウィンド」
しばらく熱風をあてて乾かして、木枠から取り出すと3ミリほどの厚手のシートが出来上がった。それを手のひらほどの大きさの長方形に切りそろえてカードが完成する。カードというよりはプレートな上に、ちょっと表面が凸凹していたり、厚みが偏っているが、それは今後の課題とする。カードの固さも充分で、石の上に落としても割れないくらい硬い。生石灰の綺麗な白がそのまま出ているのが最高だ。
「素晴らしい…俺、すばらしいっ!」
カードを手にして俺はいつまでもニヤニヤ笑っていた。
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