11◆魔物退治◆
「おう、リュード。おめえそろそろ、スパイクボアでも倒しに行くか?」
ギルドのカウンターで、顔面傷だらけのおっさんに唐突に言われた。スパイクボアというのは猪型の魔物で、中堅冒険者が数人であたれば無難に倒せる魔物だ。
「スパイクボア?それって星3つ相当じゃないの?俺達、まだ星2つだよね?」
家族間での丁寧な言葉遣いは止めて、冒険者用に少し崩した言葉遣いで俺は返す。俺としてはこっちの方が楽だ。
「早いとは思うけどな、おめえらならやれそうな気がする。受けるなら出してやる。無理そうだったら帰ってこい」
「場所と被害は?」
「町の北道、歩きで半日進んだ森の横あたりだ。2日前に商人の馬車が森から出てきたボアに襲われた。護衛についた冒険者達がなんとか追い返して逃げてきたが、1人大怪我してる。どうする?」
「わかった、受けるよ」
答えながら俺とセンド兄は、魔物の頭蓋骨のプレートが焼き印された木のプレートを差し出し、木札をもらう。
「準備して明日出るよ」
「おう、行ってこい」
◇
翌日、俺とセンド兄は、町の北にある道を歩いていた。
「リュード、どう動くつもりだい?」
センドは、あくまで俺の見守り兼報告役なので、冒険者としての決定は全て俺が行っている。
「行ってすぐスパイクボアが出てくればいいんだけどね。今日入れて3日使って、ダメなら一度戻ろうと思う。痕跡を探して行動範囲を調べることだけでもしておきたいし」
「了解。しかし、リュードは冒険者に向いているね。昨日の晩も、冒険者にご馳走してまでスパイクボアのことを聞いていたね」
「んー。詳しく書かれている本とかがあれば良かったんだけど、そんなのないしね。なら討伐経験のある人に聞くのが一番いいかなって」
「あーぁ、僕もこのまま冒険者になろうかな。それも楽しそうだ」
センドは、来年になったら、兵士になる。もっと早く入隊する予定だったが、俺の修行と冒険者活動に付き合う形で入隊を延ばしてくれている。
「でも、それだとセンド兄は、兵長になる夢を諦めないといけなくなっちゃうよ」
「そうなんだよね。部隊指揮を学びたいんだ。そうすればアスト兄を将来的に助けることもできるだろうし。うん、やっぱり、僕は今年までだね。でもこの経験は、絶対将来役に立つだろうな。リュードに感謝だ」
「俺の方こそ感謝だよ、センド兄、ありがとう」
そんな会話をしながら目的地へと着いた俺達は、スパイクボアの被害にあった場所を中心に周囲の木々を調べてまわった。
スパイクボアは、前に伸びた長い牙を使って素早い突進攻撃を行う危険度の高い魔物だ。肩には骨が変化した硬い棘みたいなものが横に伸びているので避けるときも、距離感を見誤ると大怪我をする。肩口の棘は、移動する時に周囲の木々を傷つけるため木の幹を見れば、スパイクボアの大きさや行動範囲がわかる。そうして調べていると、俺はおかしなことに気がついた。
「幹についている傷の高さが2種類ある」
「ということは」
「うん、センド兄、2匹いる」
既に太陽は傾き始めていて光量も落ち始めている。このまま森の中にいるのもまずい。俺とセンドはすぐに道まで戻ると道の脇にあった大岩に腰をおろした。スパイクボアは、俺達を見つけたら間違いなく襲ってくるだろう。魔物は、総じて人間に対しての敵意を強く持っている。
スパイクボアの一般的な倒し方は、大きな盾をもった人間が盾をガンガン叩きながらスパイクボアの気を引き、その突進を正面から盾で受け止める。すかさず盾役の後ろに隠れていた仲間が槍でひたすら突いて殺すといったものだ。
問題はどういう状況で戦うか、そしてその状況を作り出すかだ。2匹同時に相手するのは避けねばならない。平地や道の真ん中で戦うのはまずいし、森の中でどこから飛び出してくるかわからない状態なるのもまずい。なので、俺達は大岩を後ろにして突進する方向を限定することにした。さらに周囲に幾つかの罠も仕掛けておく。準備を終えた俺とセンドは、大岩の上で、干し肉を齧りながら獲物を待つことにした。
「ホットウォーター」
俺は自分とセンドの木のカップに魔法で、ぬるめのお湯を入れる。火属性だけならピンポン玉ほどの火の玉を出せるが、それを水とあわせて熱々のお湯にまでにしようとすると気力と体力をわりと消費する。さすがに戦いの前なので、その手前で止めておく。お湯が、胃の中に落ちていき、心が少し落ち着いていく。
やがて太陽も沈み、星の輝きが鮮明になり始めた頃、森の奥から濃密な生き物の気配が漂い始めた。少し待っていると、暗い森の中から、さらに真っ黒い影がのそりと出てきた。その影は、俺の腰ほどの高さのスパイクボアで、間の悪いことに2匹そろっての登場だ。 スパイクボアは俺達にとうに気付いていて、ぶごぶごと鳴きながら、ゆっくりと俺達のいる方に近づいてくる。
「ライトウォーター」
俺は手から淡く光る水を出し、岩の上から周りの地面に撒いた。水と昼の2属性をあわせた魔法だ。土に沁み込んだ光る水は、周囲をほんのりと明るくする。昼属性の魔法だけで、強い光源を作ってしまうと、明暗の差が強く出て逆に死角ができるし、俺達の目はすでに暗がりに慣れているので、このくらいの明るさで充分だ。
「センド兄は上にいて」
「わかったよ。リュード、気をつけて」
俺は剣を抜いて地面に降りる。スパイクボアを見据えながら、少しずつ俺は動いて位置を調整する。手前のスパイクボアが、俺の正面にきて、鼻を下にさげた。あれは突っ込んでくる前の予備動作だ。酒と飯と引き換えに冒険者達からもらった情報だ。
スパイクボアは、ぶるりと全身を1回震わせると、俺の想像以上の速さで、真っ直ぐに突っ込んできた。10メートルはあった距離は瞬き一つ程の間に、もう剣を振れば届きそうなほど縮まっている。
ぶぎぃい!
そして、情けない鳴き声と共に、スパイクボアの上半身が俺の目の前で、地面に埋まる。間隔をあけて幾つか掘っておいた落とし穴の1つに見事にはまったのだ。
「まずいっ!センド兄!とどめを!」
俺は叫びながら、罠にかかったスパイクボアの横を走る。後ろにいたもう1匹のスパイクボアが逃げようと反転したのだ。
「ストーンアロウッ!」
小指の爪ほどの大きさの円錐状の石つぶて。その石つぶてのすり鉢状になった底部に密度の高い小竜巻をあてて、高回転させて射出する。俺が切り札として開発し、ずっと練習してきた複合魔法だ。複雑なプロセスを瞬時に出現させて撃ちだせるように、こればかりをここ1年以上、毎日練習してきた。
一撃で行動不能にするため、風の回転と勢いをさらに強くしたため、体力と気力がゴリッと大きく削られたが、撃ち出された石つぶては着弾と同時にスパイクボアの後ろ脚を消し飛ばした。
「せいっ!」
駆け寄って、激しく暴れるスパイクボアの首筋に剣を突き立る。スパイクボアが完全に動かなくなったの確認して、俺は地面に座り込んだ。
「よかった…。逃げられずに済んだ。はぁ」
「リュード、お疲れさま。あっちも終わったよ。すごいじゃないか!新魔法!」
「うん、がんばって練習したかいがあったよ。はぁ…。センド兄、俺、疲れたよ。一晩休んで帰ろう…」
「あぁ、見張りは僕が長めにするから、リュードは休むといい。」
翌日、俺とセンドは血抜きをしたスパイクボアを1匹ずつ引きずりながら町への帰路についた。道中、センドに「2匹いるとわかった時点で引き返して報告を上げた方がよかったのではないか?」「2匹目は逃がしても問題はなかったのではないか?」「最初に報酬を含めて条件をもっと詰めておくべきだ」などの数々のダメ出しをされて、俺はずっと涙目だった。
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