9◆冒険者◆

 俺は、次兄のセンドと共に町のはずれにある冒険者ギルドの前に来ていた。


 俺は14歳となり、ようやく冒険者活動が解禁された。軽く興奮しながら、ギルドのガタガタの扉を押すと、ギリリと耳障りな音が鳴ると共に、据えた汗の臭いが鼻に入ってくる。


 ギルドの中は、想像していたよりも広い空間だった。入って右側にカウンターの受付が3つ並び、その奥は事務スペースのようになっている。左側に粗末なテーブルとイスが幾つか置いてあり、それ以外は床だけのスペースになっていた。


 冒険者は底辺者の受け皿と言われている。その言葉の通り、ギルドの中にいる人間も、ひどいものだった。ニヤニヤと口の端をゆがめながら、値踏みをするような目つきを誰も隠そうともしない。中には明らかに獲物を狙う目でこちらを見ている者もいる。


 俺は臆することなく、視線を投げてきた冒険者を見返していく。体格や恰好は千差万別だった。ガリガリで手足も細いが目だけはぎらついているものもいれば、ボロボロではあるが革の鎧や剣などを身に着けたものもいる。地獄のような修行をこなしてきたことを考えれば、目の前にいる冒険者達は全く怖くなかった。


 思っていたよりも強そうな連中も、ちらほらといた。冒険者達の約半数は数名ずつのグループを組んでいるようで、中でも実力のありそうな連中がテーブルと椅子を使っている。それ以外は床に座るか壁にもたれていた。


 反対側のギルドのカウンターもひどかった。3人いる人間は全員いかついおっさんだ。創作物ではギルドの受付はかわいいお姉ちゃんと決まっているが、冷静に考えたら、こんな汗臭く、雰囲気の悪いところに、若い女性をいさせるわけがない。


「すみませんが、冒険者登録をお願いしたいのですが」


 俺は、カウンターのおっさんの1人に声をかける。顔面傷だらけの、やたら体格のいい強そうなおっさんだ。おっさんは、上から下までなめるように俺を見た。


「あん?なんだ、おめえ、いいとこの坊ちゃんか?悪いことは言わねえ。止めとけ」


 俺たちが身に着けているのは最低限の防具だが、使い込まれている様子がないのは見てわかったのだろう。俺は14歳、付き添いに見える兄のセンドも19歳という若さなので、余計に心配したのかもしれない。冒険者になるのを止めようするあたり、見かけよりもいい人なのかもしれないと思った。


「ずっと冒険者になろうと思っていたんです。登録しますよ」


「そうか。ほらよ。2枚で1セットだ。2人分でいいんだろう?」


 おっさんが渡してきたのは親指ほどの大きさの木のプレートだった。1つの片面には剣、もう1つの片面には角の生えた頭蓋骨の焼き印が押されている。


「なにか書いたりとかはしなくていいですか?」


「馬鹿かおめえ、字なんか書けるやつはほとんどいねえよ」


「なるほど」


「登録料はいらねえ。カウンターにくれば仕事を紹介してやる。報酬から、ギルドの仲介料はいただく。仕事はそいつを見て俺らが決める。文句があるなら出ていけ」


 転生小説では掲示板に依頼が貼ってある描写がよくあるが、そういうことはないようだ。文字を読めるやつが少ないのだから貼っても意味がないのだろう。


「依頼は選べないんですか?」


「選べねえよ。信用がねえからな。当面は町のゴミ掃除とか荷運びとかだ」


「魔物退治とかは?依頼は選べるようになるのですか?」


「登録に来た時点で、武器を持っているやつなんて半分もいねえよ。まぁ、武器持っているだけ、おめえらはましだな。まずは、俺らに顔を覚えてもらうよう、がんばりな。もしかしたら簡単な魔物退治くらいは紹介してやるかもな。真面目にやってれば、そのうちランクを上げてやる」


「わかりました。では今紹介してもらえる仕事はありますか?」


「やる気はあるようだな。町のどぶさらいだ。プレートの頭蓋骨の方をよこせ。代わりにこれを持って、ギルドの3軒右隣の家に行って、どこを綺麗にするか指示を受けてやってこい」


 そういっておっさんは、なにか記号の描かれた木の札を渡してくる。


「仕事が終わったら、木の札を交換してくれる。それを持って、ここに戻ってくれば頭蓋骨のプレートと交換して報酬を払ってやる。剣と頭蓋骨、両方揃っているやつにしか仕事は出さねえから、次回以降はカウンターに来たらまず両方プレートを見せろ」


「なるほど」


「木札や、頭蓋骨のプレートを奪われるやつもいるが、それはそいつが間抜けだったってだけの話だ。話は終わりだ」


「わかりました」


 確かにどぶさらいをするよりも、どぶさらいから帰ってきたやつをぶちのめして木札を奪うほうが簡単だと考えるやつも多いだろうな。そしてそれに関しては、ギルドは関知しないと。ただ、おそらくそれを繰り返してると、おっさん達に覚えられ、ランクは上がらないのだろう。


「では行ってきます」


「忠告しといてやる。言葉遣いが上品すぎる。的にされるぞ」


「ありがとう」


「礼もあまり言うもんじゃねえ。じゃあな」


 おっさんは、本当にいい人だった。そしてカウンターを離れたところで、俺は3人のチンピラに声をかけられた。


「おう、なかなかいい武器と防具持ってるじゃねえか。それをよこせ。ほら、俺らが使ってやる」




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