8◆修行の日々◆
最初の1年は基礎体力作りだった。走り込み、荷運び、穴掘り、穴埋め、柔軟、まき割り…をただひたすら、毎日毎日繰り返した。これまで魔法以外の訓練はしてこなかったため、最初の頃は毎日、ある程度経ってからも数日に1度は吐いていた。気を失って倒れた数なんか覚えてもいない。少しでも慣れてきたと思ったらノルマがどんどん上がっていく。弱音は吐けないので、歯を食いしばりながらやるしかなかった。
「リュード、ここで体力をつけることが、何よりも大事なんだ。体力がなければ、修行も続けられない。そして君が冒険者になったそのとき、君はどのくらいの時間、戦い続けられる?そのために今、体力をつけるんだ」
俺を1年の間、休まずに叱咤し続けてくれたのはアストだ。他の騎士の従者になる予定を1年ずらしてまで俺の面倒をみてくれた。2年目以降は体力作りに、木剣を使った素振りが加わった。初めの頃は木剣は一本だけだったが、そのうち長さも重さもバラバラなものが、その日の最初に渡されるようになった。それもただ振るだけでなく、構えや振り方が変わるのはもちろんのこと、とにかく素早く体力が尽きるまで振り続ける、走りながら振り続ける、長時間をかけて1回だけ振るなど、様々な課題を与えられる。
「おい、どうしたリュード!たかだか500回の素振りでへばってるんじゃない!敵は待ってくれないぞ!どんな状況下でも、お前は戦えなければならないんだ、そんな様子じゃ何にもできないぞ!」
アストは他の騎士の従者となり家を出ていったため、2年目以降は5歳上のセンドが常に一緒にいてくれた。2人の兄は俺よりも前から修行を始めている。2人が日中裏庭でずっと修行をしているのを見ても、当時の俺は「修行やばすぎ!まぁ、俺は魔法があるからな」なんて、お気楽に思っていた。実際にやってみたら、とんでもない、毎日が地獄かと思うほどつらかった。俺が単なる子どもだったら、とっくに諦めているなと思うのと同時に、こんな修行を続けてきた2人の兄はどこかおかしいのではと思った。
父親がいる時は修行の経過を見てもらっていたが3年目になってから、さらに修行の激しさが増した。そんなある日のこと。
「リュード、痛みを覚えなさい。君は戦いの中で傷ついても、その痛みにすくんではいけない。ひるんではいけない。だからまずは慣れるんだ」
そう言いながら父親は取り出したナイフで、俺の腕を思いきり刺した。
「うぐっあっっっ!!」
「リュード!こっちを見ろ!下を向くな!私をにらみなさい!」
貫通したナイフと流れ出る生温かい血、灼熱の痛みを訴える腕から目をあげて 父親を睨む。父親は何も言わずにガラス玉のような瞳で俺を見る。いくら何でもこれはやりすぎだろう、このクソ親父め!と心の中で叫びながら睨み続ける。
「よし、それを覚えておくんだ」
そう言うや否や、父親は俺を担ぎあげて教会に走り、神父さんに治療をしてもらった。神父さんは何も言わなかった。後で聞いた話によると、うちは代々これをやっているらしい。上の兄二人もやったそうだ。ラーモット家って頭がおかしいのだと思う。
親に腕を刺されるという衝撃的なイベントがありつつ、その後も修行の日々は続いた。素振りに加え打ち込み稽古や、父や兄と戦う対人稽古も増えていった。対人稽古では当然のごとく、ボッコボコにされる。骨が折れたことも何度かある。その度に教会にいった。神父さんは、相変わらず何も言わなかった。
剣以外にも様々な武器を手に取らされた。騎士は剣と槍だけだがそうだが、冒険者は何でもありなのだから扱い方や対応の仕方を覚えておくようにと、わざわざ用意してくれたようだ。さらに夜や夜明け、夕暮れ、雨や風の日、障害物を置く、片腕が使えない、複数人に囲まれる…など、あらゆる状況下での修行も行った。修行の内容、随所に見られる工夫に、俺は父親の愛情を感じた。母親も怪我の手当てや食事などで支えてくれた。
さらに月日が経ち、魔法解禁で対人稽古をすることになった。さすがに魔法ありなら俺も勝てるだろうと挑んだが、父親には一度も勝てず、兄達にも勝てるのは初回のみで2回目以降は勝てなかった。見せていなかった新魔法を使っても駄目だった。
例えば、スタンライトという光の玉で相手の目をくらませようとしても、一切ひるまずに父親はそのまま剣を振るのだ。父親の剛剣があたって俺は吹っ飛び気絶して負ける。兄達も初回は引っ掛かるが、2回目以降はタイミングを読まれ、あげくにはそのタイミングを誘導されて俺は負ける。
このときに父親が言っていたが、戦いの中で魔法を使う人間はたまにいるらしい。だが俺ほど素早く臨機応変に使う人間はそういないとのこと。だからこそ何か仕掛けてやろうというのがバレバレだし、そのタイミングもわかりやすい上に、出した魔法も一発で相手を殺傷する能力もないため、どうとでもなると言われた。
これを言われた時はさすがに落ち込んだ。魔法を組み合わせて戦えば、俺はもっとやれるんだと思っていたからだ。
こうして修行の月日が過ぎていき、俺は14歳になった。
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