6◆決意を話す◆


 俺の父親パスガン・ラーモットは、この地方を治めている男爵に仕える騎士の1人だ。普段は領主の屋敷や訓練所におり、領内の見回り、出没する魔物の討伐を行っている。数日に1度、家に帰ってくる。ある日、俺は家にいる父親に呼ばれた。父親の部屋にいくと、父親はソファーに座って俺を待っていた。


 ラーモット家においてソファーに座って話すことは特別な意味を持つ。年月を経て艶やかな光沢を出した青灰色の皮のソファーは、先々代の当主が、魔物討伐の功績をあげたおりに男爵から下賜されたもので、希少な魔物の皮を使って作られた高級な品だそうだ。実際に肌触りも座り心地も最高に良い。


 そしてラーモット家では、このソファーを使うのは、父親の来客があったときか、家族内で大事な話をするときだけだ。先祖から伝わるこのソファーを使うことで、きちんと話し合いを行い、気持ちを新たにするのだと以前に教えてもらった。


「来たね、リュード。そこに座りなさい」


「はい」


 父親は丁寧な口調で俺に話しかける。ラーモット家では、家族間でも普段から丁寧な言葉使いを心掛けている。長兄は家、騎士爵を継ぐのは確定、次兄も継ぐ可能性があり、貴族に使える騎士にとって言葉遣いは重要だからだ。


 父親は黙って俺の目を見つめていた。何を言われるかわからない怖さから、俺の目は泳ぎそうになるが、それをなんとか抑えて父親の目を見返す。


「リュード、単刀直入に聞くよ。君は夜、裏庭で何をやっているんだい?」


「…!」


 ばれないように、こっそりと練習していた魔法のことがばれていた。なぜ?いつ、そんなミスをした!?自問自答するが分からない。慌てるのと同時に、聞かれたのがそれだけで、まだよかったと心の中で安堵する。「君は何者なんだ?」「君は本当に私の息子なのか?」とか聞かれたら、前世のことをごまかしきれる自信がなかった。


「あ…えっと…」


 言い淀む俺に父親は畳みかける。


「実は前から知っていてね。いずれ君から話してもらえると思っていたのだが、あまりにも気になったのだ。ご近所からもうちの庭が光っていたとか、妙な風が吹いていたとか、心配する声があってね」


 俺が浅はかだった。というか考えてみたら、毎晩ベッドを抜き出して、ピカピカビュービューしてたら、裏庭とはいえ目撃者は出てくるだろうし、昼にずっと寝ていたら怪しまれて当たり前だろう。むしろ、なんで大丈夫だと思っていたんだ俺は…。


「話してくれるね?」


「はい…。でもちょっと長くなります」


 そして俺は、父親に真実と一部の嘘を交えて話した。話した内容はこうだ。物心ついた時より時々夢を見ることがある。その夢の中では光る人みたいのが出てきて、知らないことをたくさん教えてくれる。魔法もその人のおかげで使えるようになった。俺は2つの魔法を混ぜて新しい魔法を使える。その練習を夜中に行っていた。さすがに前世の記憶があるなんて言えなかった。


 話を聞いた父親は、眉間にしわを寄せながら腕組みをした。


「ふーむ…。素直にうなずける話ではないけれども、赤ん坊の頃のからの君を見てると嘘ではないとわかる。どうして話してくれなかったんだい?」


「夢の中で、人には知られぬようにと言われました。ですので隠れて練習をしていました」


「ふむ、その魔法を見せてもらえるかい?」


「はい、例えば、こんな感じです。ホットウィンド」


 指先から温風を出して父親にあてる。


「おお。これは、熱い風なのか…火と風が混じったということかな?」


「他にもいろいろあります。マッドシールド」


 腕をまくって、そこ泥の盾を装着する。


「これは水と土の複合です。粘りけの高い泥で作った盾で、本物の盾につければ敵の攻撃をより防げると思っています」


「信じられないな…すごいものだ…」


 父親は目を丸くして泥の盾に触れる。


「失礼します」


 断ってから俺は窓際に向かい、窓から腕を出して泥の盾を解除すると、ばしゃりと泥が地面に落ちる。魔法で作りだした水と泥は解除するとその場に落ちてしまうのだ。その間、あごに手をあてて考え込んでいた父親が俺に尋ねる。


「リュード、その人はまだ君に何か言っていたかい?」


「おもしろいもの作りなさいと。そのために君に教えていると」


「おもしろいものとは何だい?」


「わかりません。でも時々、頭の中を何かがよぎることはあります。それが何なのかは、うまく説明ができません」


「そうか…」


 父親はしばらく目を閉じて考えている。ある程度話せたことですっきりした俺は、その沈黙はもう怖くなかった。あわせて心の中で全てを離せないことを謝る。


「リュード、君がしたいことはあるかい?もしくは何かになりたいとか。そうだな、その何かを作るために職人の弟子になりたいとか。未来の話だ。」


「でしたら父上にご相談があります。私に戦い方を教えてください。私は冒険者になりたいのです。冒険者になって、いろいろな場所に行き、たくさんの物を見て回って、そして私に何ができるのか、作れるのか考えたいのです」


 異世界でおもちゃ作ると決めた俺だが、何を材料に作ればいいのか、そもそもどんな物があるのか、俺は何も知らない。樹脂も金型もバネもぜんまいも液晶画面も電池も、何もかもがないはずだ。全て材料となるものから自分で探していかねばならない。


「冒険者か…」


 父親は珍しく露骨に渋面をした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る