第4話

のけもののけもの ⑴

 名ばかりのハーレムを結成してから二日目の昼。

 俺達ハーレムは―――視界一面真っ白の、雪景色の中で立ち尽くしていた。

 左右、前後、上下、どこを向いても、白。これは雪嶺で常に吹き荒れている猛吹雪によるものだ。


「……で、今日の依頼の目的地ってこっちで合ってる?」

「たぶん……」


 朝までは確かに森に居たというのに、どういう経緯でこんなことになったんだったか……

 俺は震える腕でコンパスが示す方向を指差しながら、おぼろげになりつつある今朝からの記憶を辿るのだった。


   ◇


 はぐれもののパーティー、発足から二度目の朝―――

 昨晩もやはり野宿となり、現在は川で沐浴をしている。


 不慣れな冷えた川の水に身震いしながら、考え事をする。

 肝心な俺自身の記憶も、たったひとつの目的を思い出しただけで、その他は依然として不明瞭なままだ。


(……オレに転生した意味なんてないのかなぁ)


 オーグレディは世界一の格闘家になる、だったか。

 ティタは……目的があって旅に出たというわけではなく、故郷から追放されたと言っていた。当分は今の生活で手一杯だろう。

 メドワーナは……彼女も日銭を稼いでただ生活する、といったところだろうか。昨日の騒動を見るに、ドワーフの若い女性は特に生きづらい世界らしい。


 気になることばかりだが、ひとまず今は生活の糧を得なければ―――

 ハーレムの厳しい懐事情に思いを馳せていると、後方からぱちゃぱちゃと水が跳ねる音が近付いてきた。


 水音のした方に目を向けてみると、そこにはレディことオーグレディが立っていた。

 無論、裸体でだ。


「オッ……レディ!? なんで入ってきてんだよ!!」

「おせーんだよ。ちゃっちゃと洗っちまえ!」


 そのあまりの堂々とした佇まいで、思わず体に注視してしまう。

 たくましい筋肉の上に彫られた刺青と、更にその上から深く刻まれたおびただしい量の傷。多くは戦闘で受けたもののように見えたが、一部は刺青の形を誤魔化す目的で付けられたように見えた。


 ただ、筋肉質とはいえ、女性なので部分的に脂肪が乗っている。

 その箇所に目が行く前に声を上げてしまった。


「ウワーッ!! 待て待て! せめて前隠せ!! ほらタオルやるから!!」

「なーに恥ずかしがってんの。あ、これからメドワーナも入ってくるぞ」

「メドワーナは……もっとダメだろ!!!!」


 目を覆う俺をからかうレディ。どうやらメドワーナも川に入ってくるつもりらしい。

 彼女は別の意味で目線に困る―――それから俺は二人から逃げるように沐浴を終えた。



 木陰でしっかり体を拭いてから着替え、俺はティタが荷物番をする拠点へ戻る。


 彼女は夜明け前に沐浴を済ませていた。体が大きく、どうしても外から裸が見えてしまうため、暗い内に済ませたいとのことだった。女性とはいえ巨人族は周囲に裸体を晒すのも慣れていそうなものだが……これは偏見だろうか?

 異性が全裸で水浴びをしている最中に割り込んでくるレディとメドワーナの方が可笑しい気がするが……。


 俺から声を掛ける前にティタはこちらに気付き、鼻息荒くこんなことを言い出した。


「先生、わたし名案思いつきました!」

「藪から棒に何?」

「ごはん、先生の魔法で召喚できません!? それなら食糧問題解決です!」


 そう、我々は昨晩思い知ったことがある。先程も思案した、懐事情だ。

 泊まれる宿がそもそも無いため、宿泊費などの費用は今のところ換算されていない……にも拘らず、とんでもない出費になっているのだ。


 ティタは昨晩から今まで、そのことを気にしていたのだろう。

 妙案を思いついたとでも言いたげな表情をしているが……


「……得体の知れない空間から出てきた、得体の知れないもん食いたいか……?」

「そ…それもそうですね……それに魔力もいっぱい消費しちゃいそうだし……」


 それに魔術で出したものは、一定時間経つと消滅してしまう。仮に出てきた食糧自体に問題がなかったとしても、胃の中で消えてしまっては腹は膨れない。

 そのことを指摘されると、ティタは大きな肩を竦めて項垂れた。


「はぁ……わたしのせいで宿も取れないし、馬車にも乗れなくて徒歩移動だし……食費もあんなに掛かるなんて……」


 食糧に関してはレディもかなり消費しているのだが……そうは言っても、やはり量はティタの方が圧倒的だ。今何を言っても、ますます彼女は負い目を感じるだろう。

 彼女にかけるべき言葉を考えあぐねる。そして僅かな沈黙の後に、俺は口を開く。


「食事はともかく……宿や交通機関を使えないのはオレにも原因があるだろ? 万が一、顔見られちゃ困るしさ……全部ティタが一番大変だろ」

「でも……」

「申し訳ないけど、しばらくこの方法に付き合ってほしい」


 最後にそう言って締めると、ティタはまた申し訳なさそうに俯くのだった。


 今の調子だと、今後も単価の高い依頼を手早くこなしていくしかないだろう。

 レディとメドワーナが戻ってきたところで、今日もギルド〝純潔なる大槌〟へと向かうのだった。

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