はぐれものハーレム、爆誕 ⑹


 町を出て、ティタと合流する。

 四人で依頼内容が記された紙を覗き込むが、ティタは読めなかったようなので口頭で説明をした。


「ウィーウィルメックの討伐依頼だ。最低でも二十体……」


 ウィーウィルメックというのは、南部に棲息する蛇に収斂進化した水棲の魔物だ。それが近年大量繁殖しており、その地域全体の池や川の生態系が壊れつつあるため、数を減らしてほしいという話だった。

 この依頼の厄介な点は、この魔物はそれなりに深度のある滝壺の下…しかも激流の中に棲息するという特異な生態を持っていることだった。


 かなり過酷な水中戦が予測される。というより、人間はおろか、大抵の陸上生物がまともに戦うこともできずに殺されてしまうのではないだろうか。

 この討伐の困難さ故に、上級の依頼として制定されていたのだろう。まさか、初仕事にこんな厄介な依頼が舞い込んでくるとは……


「やっぱあの姉ちゃんテキトーに持ってきただろこの依頼! ひよっこのオレらにこんな依頼できないって!」

「いや、他の依頼も似たり寄ったりだよ」


 そう言ったのはオーグレディだった。彼女は依頼の紙を折り畳んでから懐に戻すと、ぽつぽつと語り出す。


「こういうトコがわざわざ依頼を渡してくれるのはな、あたしらが死んでも問題ないようなはぐれものだからなんだ」


 この手の違法なギルドでも依頼が流してくれる理由は、死んでも問題がないためだという。危険な依頼の下見をさせたり、魔物の討伐依頼なら数を減らしたり、対象の個体を疲弊させるために向かわせる。言わば捨て駒なのである。

 先日まで彼女たちが仲間を募っていたのも、最近のあまりに困難な依頼内容に限界を感じたからだと付け加えた。


 確かに、身分を偽ってまともな仕事にありつけるなんて、うまい話があるわけがない。はぐれものを受け容れてはくれても、やはり扱いはこんなものか。


「そんな、酷い…」


 思わず口を手で覆うティタ。そんな彼女をよそに「ま、あたしらなら大丈夫じゃねーか?」とオーグレディは楽観的だ。彼女は依頼がこなせると確信を抱いているようだった。先程ギルドで依頼を断らなかったのもそのためだろう。

 不安が残ったが、俺たちは依頼の目的地まで再び移動することになった。


 目的地までの道中、滅多に人は通らないだろうということ。先程の移動時に酸欠で気を失っていたこともあり、俺は空を拝みながらの移動を許された。…リーダーなのに許されたって何だ?

 とはいえ徒歩では彼女たち…主にティタとオーグレディの歩幅に追いつけないので、再びティタに運んでもらうことになる。今回彼女はメドワーナを抱いているので、俺の体は肩に乗せてもらう。


「すまんな、毎度毎度……」

「ぜんぜん大丈夫ですよ」


 ティタは俺を肩に乗せてから「それよりも……」とこぼし、視線を落とす。

 その先に居たのはオーグレディで、彼女が自身に言及しているのだということにすぐに気付き「このくらい朝飯前よ!」と返した。

 気を遣わせまいと思っているというより、実際に平気なのだろう。昨日も平然とティタに並走していたことを思い出す。種族特有の体力なのかはたまた彼女が異常なのか……再度感服する俺に、今度はオーグレディが話しかけてくる。


「てか、リーダーの装備ペラいよな。頭くらいは守っといたらどうだ? 顔も隠せるだろうしさ」

「確かに………って、町ん中に居る時に先に言ってくれよ…」


 確認はしていないが、装備品を売っている店もあっただろうに。とはいえ、今の所持金では帽子すら買えるかどうか怪しいものだ。

 それに対してオーグレディは「魔術でどうにかなんねーのか?」と無茶ぶりをしてきた。装備品を出すなんて魔術があったか覚えていないが……まぁ、ものは試しだろう。


 昨日、魔法を使った要領で念じてみることにする。すると俺の頭上に魔法陣が現れ、その中から鈍く光るものが降ってきた。


「だっ!」


 衝撃のせいで、自分の意志に反して声を上げてしまう。

 それは強く俺の頭を打って、ティタの胸で弾んで下へと落ちていった。腕の中にいたメドワーナがすかさずキャッチしてくれたので、地面に落とすことはなかった。


「ナイスキャ~ッチ!」

「ハハッ! 頭守るモンでダメージ食らってやがんの!」

「う、うるせ……別に痛くないもん」


 けたけたと笑うオーグレディ。ティタにつまんで取ってもらって、やっとそれは俺の手元に辿り着く。


 それは兜だった。穴の開いた面頬が付いたもので、しっかりと顔も隠せそうだ。やや年季が入っているように見えたが、頑丈さは十分な様子。安っぽいバケツ型のものとは違い、黒基調に金色の装飾がされていて、なかなかに洒落ていた。

 慣れない手つきで顔に嵌めてみると、真横のティタが「似合ってますよ」と褒めそやしてくれた。オーグレディから借りているぼろのマントも相俟って、少々悪役のようだったが。今までは丸腰だったので、これである程度は恰好もつくだろう。


 これでどうだと言わんばかりにオーグレディに向き直ると、彼女が物珍しそうに空を仰いでいることに気付く。恐らく彼女は、先程まで魔法陣が現れていた空間を見つめている。

 どうしたのかとこちらが尋ねる前に、オーグレディの方から話を始めた。


「珍しいな。召喚術使ってる魔術師、久々に見たよ」

「え? 今のって召喚術なの?」

「魔法陣がそうだったろ? ……って、記憶喪失なんだっけか」


 「魔法の種類は魔法陣の印や文字を見たらだいたい分かるもんだよ」と丁寧に付け加えてくれるオーグレディ。

 武闘派な彼女が魔法なんてものに言及するとは思いもしなかった。しかも、それなりに精通しているような口振りである。


「意外だな。魔法詳しいんだ」

「いや……昔ちょっとね、知り合いから聞きかじってさ」


 その時普段は快弁な彼女が、ほんの一瞬だけ言葉を詰まらせた気がする。だが、わざわざ追及するほどのことでもないだろう。


「そうだ! 召喚術って、上手く応用したら瞬間移動もできたりしない? 今から依頼の現地まですぐ行けるんじゃないか?」


 その安易な提案を聞くや否や、それまで朗らかな表情を湛えていたオーグレディが、苦い顔になってこう返してきた。


「……勝手が分かってないときに使ったら、最悪地面や壁の中に埋まって死ぬぞ」


 想像するだけで息が苦しくなるようだ。死ぬにしてもそんなえげつない最期は御免被りたいものだ。

 そうして召喚術での移動案は即座に棄却され、俺たちは今までと同じく、徒歩での移動をすることになった。



「二人とも、振り落とされないようにしてくださいね」


 ティタの言葉に、メドワーナが「はぁい」と手を挙げて答える。彼女は腕に抱かれているし、いかほどかは分からないが、確実に重量があるリュックも背負ったままなので、落ちる心配はそうないだろう。


 向かうは、南の大樹海―――

 不安要素ばかりだったが、こうして俺たちの初仕事は幕を開けた。



   ◇

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