はぐれものハーレム、爆誕 ⑻

「ティタ! とりあえず俺ら下ろしてくれ!!」

「は、はい!!」


 慌ててティタに体を下ろしてもらうが、俺の心配はすぐに杞憂に終わる。

 ようやく地面に足をつけた時、オーグレディが水面から飛び出してきたのだ。それも、自分よりも大きな魔物を伴って。


 陽の光に晒された水飛沫は煌き、彼女と魔物は逆光で黒一色になる。

 一人と一体はティタの目の高さまで飛び上がると、そのまま緩やかに落ちていく。その最中に逆光がなくなり、彼女らの姿がようやく正しく視認できるようになった。


 白く長い筒状の胴体、正円形の口―――あれがウィーウィルメックだろう。依頼書に掲載されていた通りの外見だ。唯一、持ち合わせた情報と異なる点といえば、ぬめった胴に無数の咬傷がついているところだろう。彼女がやったようには思えないが……

 そこでオーグレディのことを思い出し、次いで見遣る。どうやら彼女は、あれのエラに指をひっかけ、首元に巻き付いているらしい。器用なものだ。

 更に目を凝らして見るが、幸いなことにオーグレディの体には傷ひとつついていなかった。先程浮かび上がってきた血は彼女のものではなく、このウィーウィルメックから出たものなのだろう。ほっと胸を撫で下ろすが、それも束の間に終わる。


 どうやら、まだこの個体を完全に無力化できていないようだった。空中にも関わらず、彼女を振り払おうと身をよじっている。

 それからオーグレディは更に器用に、全体重をかけ、陸へとウィーウィルメックを蹴飛ばした。


「そぉら!! メドワーナ!!」

「あいよっ!」


 陸に上がったウィーウィルメックの頭を、メドワーナが持っていた大槌で叩く。


「まずは一匹!!」


 メドワーナの一撃を見届け、再びオーグレディは池に飛び込む。というよりは、落下していった、が正しいだろう。

 彼女の落下後、俺たちもメドワーナが一撃を食らわせたウィーウィルメックに目をやる。頭蓋骨が硬かったためか、頭部は完全には潰れず、想定していたような悽惨な風景にはならなかった。だがしっかりと仕留められてはいるようで、ウィーウィルメックは動かなくなっていた。


 これから俺はこの場でどう動くべきなのだろうか……結論を出す前に、またオーグレディが先に水面から顔を出す。今度もウィーウィルメックをエラで掴んでいる。だが今回は陸に打ち上げる余裕が無かったようで、そのまま水面へと落下していった。

 だが、その下には他のウィーウィルメックの個体が大勢群がっていた。おびただしい数の牙が生えた円形の大口を開いて、彼女を待ちわびている。


「レディさん! 危ない!!」


 次に行動を起こしたのはティタだった。短剣でウィーウィルメックの腹を突き刺し、そのまま陸へ払うように叩き落とす。その途中でオーグレディは受け身を取り、やっと陸に戻ってきた。間一髪のところだったが、彼女は焦る様子はひとつもなく、それどころか目を爛々と輝かせてティタの武器に釘付けになっていた。


「おお! 嬢ちゃんは短剣使いか!」

「そ、それよりオーグレディさん……!」

「わーってるって。もう一匹! だろ?」

「いや、ちが……あっ!」


 ティタは彼女の安否を心配していたのだろう。が、オーグレディは次を催促されたのだと勘違いをして、また水中へ潜っていった。


「おいおい……どうやって戦ってんだ、あいつ……」


 彼女が水中でどのように動いているのかが無性に木になった。俺は不用意に水辺に近寄り、その中を覗き込む。

 血と藻で濁った水中はよく見えなかったが、どうやらオーグレディは自分をあえて他の個体に狙わせ、攻撃の寸前で捕まったウィーウィルメックごとうまく身を捩って躱し、うまいこと同士討ちさせているらしい。既に水底には、同族からの咬傷で息絶えた個体が一体沈んでいた。


 見事なものだと感心していると、オーグレディに釘付けだった群の一体がそっぽを向き、突如として水面に急上昇してきた。

 その個体の狙いは―――もちろん、俺だ。


「うおっ!!」


 驚いて仰向けに倒れ込むと同時に、飛沫と共にウィーウィルメックが水面を突き抜けてきた。

 その直後、瞬時に俺とウィーウィルメックの間に魔法陣が現れ、更にその中から飛び出してきた銛が個体の頭部を銛で穿った。しばらくすると、銛は的の死を確信したようにふっと消滅する。開いた穴からとめどなく血が溢れ出す。


「お! おに~さんナイス~!」

「お、オレが自発的にやったんじゃないけど……まあいっか」


 命からがら、ようやく俺は一つ手柄を得るのだった。


 依頼によると、この周辺の水中の生態系が崩れたとのことだった。とすれば、今や水中にはウィーウィルメックの餌になるような生物はほとんど居なくなってしまっているはずだ。となれば、彼らの餌場は陸上へと移ろうだろう。

 道中の魔物が居なかった原因にようやく答えが出る。今のように、水辺に近寄った動物に食らいついていたのだ。これでは討伐対象になっても仕方がない。



 倒したウィーウィルメックを陸に引き上げている最中、一つの魚影が滝壺から滝へと昇って行っていることに気付く。

 言うまでもなくウィーウィルメックの魚影だろうが、その上には赤い影が追従していた。よく見てみれば、それは血ではなくオーグレディだった。先程と同様に、彼女がウィーウィルメックの胴体に張り付いているらしい。

 魚影は激しく左右に振れながら、滝の頂きへと達する。すると、そのまま滝から空中へと飛び出してきた。どうやら、彼女を水面に叩きつけようとしているらしい。


 彼女は滝の水を飲んでしまったようで、落下しながら大量の水を吐いていた。

 今度こそまずいかもしれない―――助けなければ。


「オーグレディ!!」


 そう俺が思うよりも前に、自身の頭上に垂直に魔法陣が現れた。そこから再び飛び出してきた銛が、ちょうど滝から飛び降りたウィーウィルメックの頭部を、オーグレディの頬すれすれのところで貫く。

 今回の銛はロープが付いており、手繰れるようになっていた。俺の体はすぐさま陸へとロープを引いて、彼女を陸に引き戻す。重力に従って地上に降りてきた。


 思考よりも先に体が動き、すぐさま彼女の元へ駆け寄る。


「すまん、大丈夫か!?」


 彼女をすんでのところで刺してしまうところだったのだ―――だがオーグレディは怒ることはなく、それどころか「ナイス!」「強いなリーダー!」「流石は賞金首!!」と嬉しそうにこちらの攻撃を褒めるのだった。最後の言葉は、誉め言葉と言えるか微妙なところだったが。


「んじゃ、その調子でサポート続けてくれ!」

「お、おう……」


 こちらの心配など露知らず、オーグレディは俺の体を嬉しそうにバンバンと叩いてから、果敢にも再び入水する。


 こうしてウィーウィルメック討伐は、俺の出る幕はほぼなく、想定よりも遥かにあっさりと終わったのだった。

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