ガチムチ巨娘とムチムチ小娘 ⑾ 終

 食卓を囲んでいると、閑談も自然と始まる。


「それじゃ、あらためて自己紹介でもすっか」


 そう切り出したのはオーグレディだった。

 そういえば、ティタには彼女のことを詳しく紹介をしていなかった。ティタからすると、彼女は名も名乗らず宣戦布告してきた不審人物だろう。

 彼女はティタに居直ると、あぐらに両手を置き、声高らかに名乗りを上げた。


「あたしはオーグレディ。オグレスだ」

「わ、わたしはティターニアです。巨人族です。よろしくおねがいします……」

「おう! そんじゃ明日、時間がある時に手合わせお願いな!」

「え」


 困惑するティタを置いて、まだ食事を取っているメドワーナに「メドワーナはさっきしたな?」と話を振る。彼女は小さな口をもごもごと動かしながら「やったよ~」と返した。

 では、俺の番だろう。


「オレは……クロウって言うらしいです」

「らしいって何だよ」

「実は記憶がぜんぜん無くて……」


 そう言いかけて、はたと口が止まる。

 記憶が無い中で唯一、この憑依中の体の男について知っていることがある筈だ。ティタとオーグレディは知っているが、メドワーナは知っているのだろうか。


「そういや、メドワーナ…さんは、オレが賞金首っていうのはご存知で……?」

「聞いてるし知ってるよ~。まぁうちらも賞金を懸けられてないだけで似たようなものだから、気にしないで~」

「え」


 ティタと同じ驚き方をする俺を見て、くすくすと笑うメドワーナ。武闘派なオーグレディはともかく、メドワーナは容姿の愛らしさも相俟って、そういったならず者はおろか冒険者にすら見えないが……ともかく、今はあまり突っ込まないでおいたほうが賢明だろう。

 それ以外の話題で話を続けようとまごついていると、メドワーナ自身が思ってもみない方向から話題を切り替えてきた。


「ていうかカタっ苦しいよ~敬語なんかやめてよ、おにーさん」

「え? あぁ……良いの?」

「んん? …なんであたしには最初っからタメ口だったのかなー?」

「い、いや…それは……スンマセン……」


 気付けば、両肩に渡ってオーグレディの屈強な腕が回されている。

 命の危険を感じ、俺の口は咄嗟に「そういえば、二人は何で一緒に旅してんだ?」と新たな話題を提供する。二人は僅かな時間、顔を見合わせてから、ぽつぽつと語り始めた。


「逃げた先で出会って、意気投合して、それから一緒に逃げ回ってる~」

「そうそう。あたしも一族からのはぐれものでね。追われてんの」


 その話を聞いたティタは「はぐれもの」と復唱した。俺たちもそうだが、どうやら彼女たちもらしい。

 こんな短い期間で、似たような境遇の者同士が自然と集まるだなんて、不思議なものだ。はぐれた者たちだからこそだろうか。


 それにしても……薄々気付いてたが、脛に傷がある者しか居ないのではないか、このパーティー……賞金首の俺だけでも手一杯なのに、これ以上追手が増えたらどうなるんだ……?

 一抹の不安を感じ、ティタと二人で言葉を失っていると、先程の話から続ける形でオーグレディが威勢よく声を上げた。


「んで、そっから世界一の格闘家になる夢を叶えるために旅してる!」


 その姿を、メドワーナが「その話好きだね~レディちゃん」と呆れつつも、微笑んで見守っている。どうやら日頃から飽きるほど聞かされているようだ。

 明るい話題が出たことで、ティタの表情が分かりやすく柔らかくなった。


「夢かぁ……考えたこともなかったなぁ」

「な。みんなには無いのか? 夢とか目標って」


 夢。目標。俺にはこれといって無い……というより、思い出せないのだが。では今のところ、自身の出自を思い出すのが目標になるのだろうか?

 …だが、出自を思い出して、一体何になるのだろう。果たして、俺に夢なんて大それたものはあるだろうか。


 揺らめく焚火をぼんやりと見つめながら、オーグレディの放った言葉を頭の中で反芻する。

 夢……そういえば、目を覚ます前に妙な夢を見たような気もする。


(異世界にほっぽりだされた今のこの状況そのものが、夢みたいなモンなんだけどな……そこから叶えたいことなんて―――)


 …異世界。夢。叶えたいこと……。


 そこでふいに、昔の記憶が蘇ってきた。

 そうだ。思い出した。俺は―――


「…そういやオレ、ハーレムつくるのが夢だったわ……!」


 気付けば、俺の体は立ち上がっていた。

 やっと思い出したのだ。前世の記憶の一部を。


(ハーレムものの異世界転生が好きで、いつか転生してこんな風に……って……思ってたぞ、オレ!!)


 盛り上がる俺とは対照的に、仲間たちはしんと静まり返っていた。

 突然のことに驚いたのか、こちらの妄言に引いているのか。現に、ティタはげんなりとした顔を浮かべている。


「……急に何言ってんですか先生?」

「あっすまんティタ、今のは……誤解というか何と言うかぁ……」


 傍から見ても、俺の全身に注がれるティタの視線の刺々しさは分かるだろう。大きな双眸が軽蔑の色に染まっている。何とか誤魔化そうとする俺だったが、一言喋るたびにその視線は鋭さを増していく。

 手前のオーグレディも一瞬だけ小難しそうな顔をしていたが、程なくしてティタとは対照的に、こちらに同調し始めた。


「おお! ちょうどいいじゃんか!」

「え? 何が?」

「名前だよ名前! ギルドに登録するパーティーの名前!」


 オーグレディから再び唐突な提案をされ、呆気にとられる。


「あたしらのパーティー名―――〝ハーレム〟だ!」


 妙案を思いついたと言わんばかりに、オーグレディは指を鳴らした。

 瞠目しながら「ハーレムぅ!?」とオーグレディの言葉を繰り返すティタ。近くの町にまで響いていないか心配だ。

 その勢いのまま、ティタはオーグレディに詰め寄る。


「は、ハーレムって、その…オーガの言語でも一夫多妻制って意味ですよね!? そんな名前にしちゃうんですか!?」

「おうよ。女ばっかだし、分かりやすいだろ?」

「せ……せめてナントカのハーレム、みたいに頭に何か付けません!?」


 不承不承ながらも折衷案を出すティタ。

 オーグレディはまたわざとらしく考える仕草をしてから、指を軽快に鳴らしてみせる。


「んじゃ〝はぐれもの〟で良いんじゃねーの」

「そんな自虐的な!」


 すかさずティタが指摘する。

 はぐれもののハーレムか……ギルド名にハーレムというのは確かにインパクトは強いが、なかなかに奇をてらった名前だな。


「そんじゃ、ハーレムの旦那ってことで……よろしく頼むぜ、リーダー!」

「え!?」


 これまでの流れでなんとなく予感していたが、やはり俺がリーダーになるらしい。


「まーでも、あたしの旦那になるにはちっと貧弱かなぁ」

「うちも、うちより力強い人がいいな~」

「リーダーなのにすげーディスられてるんだけど……」

「あんまりハーレム感ないですね……」


 オーグレディに肩を叩かれるたびに大きく揺れる俺を見て、笑い合う三人。


 こうして、大魔術師クロウ……に憑依した転生者の、名ばかりのハーレムは始まった。

 この名前が大陸全土に広まり、多くの人々が口にすることになろうとは―――今は、この場の誰も知らない。

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