ガチムチ巨娘とムチムチ小娘 ⑼

 オーグレディの仲間がいるという隣町は、比較的近場だった。巨人とオーガもといオグレスの足をもってすれば、の話だったが。

 町には夜が明ける前に辿り着いた。空は相変わらず黒を湛えている。時計は持ち合わせていなかったが、その色がわずか数時間しか経っていないことを教えてくれた。


「また町に入っちゃ騒動が起きるだろうから……悪いけど、ここで待っててくれ! 巨人族の嬢ちゃん、手合わせは後でな!」


 オーグレディの指示で、町に立ち入るのは彼女だけということになった。

 仕方がない。かたや巨人、かたや賞金首だ。ものの数分前に人前に姿を出せばどうなるかは散々思い知らされている。断る理由など無かった。

 今回はティタと二人で、再び町近隣の雑木林で待機することにする。


「あのぅ……さっきの鬼?の女性の方、大丈夫なんですか? なんか仲間なのに戦う気マンマンだし……」


 彼女が門を潜った後で、ティタが大きな小声で話しかけてきた。

 弁明しようにも、彼女の素性は一切知れない。俺は「ごめん…分からん……」と謝罪するばかりだった。


 窮地を脱するためとはいえ、やはり軽率な判断だった。

 ……いや、あの場ではああするしかなかっただろう。どのみち、あの場では俺に決定権はなかった。今は成り行きに任せるしかない……。


「おーい!」


 程なくして、オーグレディが我々を呼ぶ声が聞こえてきた。二人が隠れている木のすぐ近くまで、砂利を蹴る大きな足音がやってくる。

 ティタが木々の隙間から顔を覗かせているが、丸見えだ。素でやっているのかふざけているのかは判別できなかった。


「すまん、待たせたね」


 俺の隣でオーグレディが足を止める。だが、肝心の仲間が見当たらない。

 まさか騙されたのだろうかと緊張が走るが、すぐにそれは解ける。


「おー! きみたちが仲間かぁー!」


 そんな疑念が過るが、声が一つ増えた。やや舌ったらずで甲高い声。明らかにオーグレディのものではないし、ティタでもない。

 彼女の周囲を改めて確認する。だが、少なくともこちらの視界には声の主が見当たらなかった。


「ここ! ここだよ!」


 二度目の発声で、遂に声の主を視界に捉えた。


 声の主は……十歳未満ではないかと思うほどの低身長な少女だった。闇夜のせいで、よけい目視しづらくなっていたらしい。

 少女もこちらの目を欺くつもりだったようだ。

少女はオーグレディの隣に歩み寄った。彼女と並ぶと、その小ささは余計に際立つ。


 本人の身長をはるかに超えるリュックを背負っており、武器であろう金属製の槌が実にアンバランスだ。

 三つ編みを顎の手前に垂らした不思議な髪型をしていて、身長も相俟って子供っぽい印象が強まる。体型もどちらかといえばふくよかで、少女というよりは幼児を思わせた。


「……あー。子供だと思ったでしょ?」


 こちらが見た目を気にしていたことに勘付いたのか、自身の容姿について言及する少女。短い人差し指で俺の脛をつんとつついてきた。

 俺は膝を折り、彼女と目線を合わせながら会話を続ける。


「わ、悪かった。ドワーフって、そういう……見た目が若い種族だったっけ?」

「……ほえー。ほんとにドワーフのこと詳しくないみたいだね…」

「なっ? 大丈夫そうだろ、こいつは」


 俺の頭をぽんと叩いて、オーグレディは笑う。

 一体、俺の何を指して大丈夫だと言っているのだろう。やはり人種に対する知識、つまり偏見が希薄な点だろうか。

 少なくとも外見に関しては、傍から見てあまり大丈夫そうに見えないと思うのだが。一連の逃亡劇で顔が疲れ果てている上に、木屑や砂埃、おまけに大量の汗で汚れている。

 そんな男にも、このドワーフの少女は嫌な顔ひとつせず、満面の笑顔で応えてくれた。


「うちはドワーフのメドワーナ! よろしくね、おにーさん!」


 メドワーナ。それが彼女の名前らしい。

 自己紹介の後、手を差し出してきた。握手を求めているのだろう。

 汚れた手を握らせるのは申し訳なく感じたが、俺はそれにすかさず応じた。


「あ、ちなみになんだけど……」


 思い出したようにオーグレディが声を上げる。

 時すでに遅し。俺の体は宙を舞った。ちなみに、手を掴んでいたメドワーナは一切動じていない。


「ドワーフは女でも力強いからな。気を付けな!」

「軽いねぇ~おにーさん。もっと食べなきゃ!」

「……なんでオレのパーティー、パワータイプばっかなんだよ……」


 オーグレディがあえて黙っていたような気がするのは、俺がひねくれているからだろうか。



   ◇

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