ガチムチ巨娘とムチムチ小娘 ⑹
それから俺は、オーグレディのフード付きマントを拝借し、身を隠して路地裏を抜けることにした。
顔上半分だけ隠せれば良かったのだが、いざ着用してみると顔全てがすっかりと覆われてしまうほどフードは大きく、丈も足元に引き摺るほど長かった。逃亡にはあまり適していない装備である。
視界を確保するために一時的にフードを上げると、マントを脱いだオーグレディが目に入った。
露わとなった彼女の肉体は凄まじかった。
筋肉量の話ではない―――胸部や鼠径部などを覆う最低限の防具に覆われた皮膚は、そこかしこが傷にまみれていた。
その下には、魔法陣に似た入れ墨も確認できた。とても魔法などを使うような性質には見えないが。
それらから、彼女がこれまで送ってきたのであろう過酷な生活が垣間見えた。
(……いや、それも気になるけど、今は……)
「……あの」
「何だ?」
「……俺のこと、お姫様抱っこにする必要あった?」
いつの間にか、俺の体は肩回りと腰を抱えられる形で彼女に抱き上げられていた。
……まさかこの年で抱き上げられる日が来ようとは……。
確かに身動きが取り辛い服装なので、彼女に抱えられるのは申し訳ないが正直ありがたい。だがその、男の威厳というか、大人としての尊厳というか……そういうものを失ってしまうような気がする。
ティタに抱えられる時の申し訳なさとはまた異なる。
彼女は巨人族で我々人とは移動時の速度も労力も異なるので、身を任せるほうが彼女にとっても利点があった。
だがオグレス……曰くオーガ族の女性は、巨躯ではあるものの、巨人に比べればヒト族と大差ない。
といった風に心の中で文句を垂れている間に、オーグレディは全く別なことに興味を抱いていた。
「ふーん……この抱き方、ヒトの間じゃお姫サマ抱っこって言うのか」
「気にするとこソコ?」
「そんなら、男じゃなくて女ですーっつって追っ手の目を眩ませられるんじゃないか?」
「えー…た、確かに……?」
決して上手いこと丸め込まれた訳ではなかったが、オーグレディは有無を言わさず「お姫様抱っこ」のまま、路地裏を抜けることになった。
無論、入った通りとは反対方向だ。煙幕が晴れない内に、あえて来た道を戻って誤認するのも良いだろうが、目くらましの煙幕が薄れつつある。危険だろう。
騒ぎは反対方向の大通りにも伝播していたが、賞金首がいるという明確な話はまだ広まっていないらしかった。
オーグレディの威圧的な容貌も相俟ってか、人々の好奇の目に晒されただけで、捕らえられるようなことはなかった。
「さて、流石にこの町にはもう居られないね……」
「……あ、そうだ」
町という単語が出てきて、町の外に待機してもらっているティタが脳裏に浮かぶ。
そういえば、まだオーグレディに彼女のことを紹介していなかった。
彼女にやや萎縮しながら、おずおずと話を切り出す。
「実はオレ、もう一人仲間が居るんだけど……その子も一緒で問題ないか?」
「おおっ! 全然構わないよ! 仲間は多けりゃ多いほうが良い!」
控えめに申し出たが、当の本人は快諾だった。
それからは先程までの騒ぎが過去の出来事になったように、閑談に花が咲く。
「実はこっちにも連れが一人いてね」
「そうなのか。その子、どこに居るんだ?」
「今は隣町だ。手分けして仲間を募りながら、依頼を受けてくれるギルドを探してんだよ」
「そうだったのか。大変だな……どんな人なんだ?」
和やかに続いていた会話は、突如饒舌なオーグレディの番で途切れてしまう。
見上げると、オーグレディは宙を仰いでこちらから視線を外していた。顔は見えない。
「……ヒトじゃなくて、ドワーフの女だ」
やや言葉に詰まって、オーグレディが返答する。
どうやらこの世界には、巨人族、オーガ族の他に、ドワーフと呼ばれる種族も存在しているらしい。
「へー。ドワーフも居るんだな~」
能天気に、俺は思ったことをそのまま言葉にしてしまう。
するとオーグレディは、次は言葉だけでなく歩みも止めてしまった。
「……なんだい、その反応」
「えっ?」
元から唸るように低いオーグレディの声色が、更に凄みを増す。
―――まずった。巨人族が差別されているような世界だ。他の種族に関しても、何らかの差別や禁忌があるのかもしれない。
「す、すまん! 今の、失礼な発言だったか…?」
慌てて取り繕う。
だが、そんな俺の心配とは裏腹に、オーグレディは破顔した。
「……ハッハッハ!! いいや、全然。アンタもたいがい田舎者らしいな」
オーグレディはこちらに視線を戻すと、突然八重歯を覗かせてご機嫌に笑い出した。
まさか笑い出すとは思っていなかった俺は、呆気に取られてしまう。田舎者というからかいの意図するところも分からない。
だがとりあえず、危惧していたようなことは無かったようだ。俺は彼女に悟られぬよう、心の中で胸を撫で下ろす。
この世界の事情を知らない手前、今後もこのような場面に立たされるのだろうなと想像すると、胃がきりきりと悲鳴を上げた気がした。
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