勇者の目覚めは胸の谷間で ⑼
「でも…まさか、こんなヘンテコな方法であの人たちを脅かせるなんて…」
少女の表情は緊張で強張っていたが、笑いを堪えているようにも見えた。
わざわざ説明するのが憚られるほど、原始的な作戦だった。
まず、風で室内の明かりを吹き消す。
それから雷を発生させ、その明滅を合図に、少女に巨人用のマントで窓を覆ってもらう。
ボロだとは言っても、巨人用の分厚い生地で作られている。仮に盗賊が布であることに気付いて、窓を開けて武器で斬り付けようとしても破れない。
その後、先ほど試験的に使った魔法を密室の中で繰り出しまくり、闇に囚われた盗賊たちを極限状態に追い込む。
その間に少女に巨人用のロープで小屋の周りを囲ってもらう。盗賊たちが逃走できるように、扉の前は避けて配置する。
それが終わったという合図も兼ねて、少女に小屋を倒壊しない程度に揺らしてもらった。
揺れが終わると同時に、小屋の扉を開けて、意図的に逃げ道を作ってやる。
少女にはロープの尾を掴んだまま木陰に隠れてもらい、盗賊が出てきた直後に、それをゆっくりと引っ張ってもらう。
盗賊たちの眩む視界は、するすると動くロープを大蛇か何かだと見間違えてくれるだろう。
これで盗賊たちは少女の居る反対方向へ逃げていく……という算段だった。
(序盤から、かなり運任せだったけど……)
まぁ、上手く行ったので良しとしよう。
最悪の場合、正当防衛として攻撃魔法を繰り出す必要もあっただろう。どちらも無傷で、彼女の意向を汲んだ結果になって何よりだ。
だがまさか、こんな子供騙しに悉く騙されてくれるとは……。
この肉体の元の主がそれを信じさせるほどの人物だというのだろうか。それとも、盗賊たちがあまりに間抜けだったのか。
どちらにせよ、少女の手荷物を取り返せて良かった。
少女に向かって麻袋を掲げながら、俺は破顔した。
「あの小悪党ども、魔法も使ってない魔術師一人にビビって逃げてったぜ!」
勝ち誇ったように胸を叩くと、彼女は緊張で強張らせていた顔を緩ませた。
(……まぁ正直、魔法で戦えるならそうしたかったんだけど…まぁ、こんなザコ相手に本気出すのもダサいか……)
何より、力尽くで取り返していたら、彼女はこんな風に笑いかけてくれなかっただろう。
俺の目の前には、初めて見る少女の笑顔があった。
「本当に、本当にありがとうございます!」
「いや、ほとんどキミがやったみたいなモンだろ?」
何なら、ほとんど少女の功績と言っても差し支えない。俺がしたことといえば、矢面に立っただけだ。
そう説明すると、少女は畏まって「うん…そうかな……?」と自問自答しつつ、最後にはその俺の言葉を受け容れて、深々と頭を下げた。
「一から百まであなたに頼りきりだったら、申し訳なかったし……ちょっとだけど、自分で仕返しできてスッキリしました!」
少女は照れくさそうにはにかんで、それからまた何度も何度も頭を下げた。周囲の木々が風圧で揺れている。俺の頭髪の毛先も、あちらこちらに向きを変える。
だが、少女はその途中で不意にぴたりと静止すると、先程とは打って変わって、神妙な面持ちで俺に向き直った。
「でも、もう危ない行動は避けてください。屋内で攻撃されたら、私、守れませんから…」
「ああ…それなら、多分大丈夫だよ」
先程、彼女に殴り飛ばされた時、体に一切のダメージが無かった記憶がある。
最初は加減をしてくれたのだろうかと思ったが、あの時の彼女は寝起きだった。状況的にも、咄嗟に加減ができるほど落ち着いて行動できなかった筈だ。
推測でしかないが、この体には防御魔法が既にかかっているか、攻撃された瞬間に即座に防御を発動するような魔法がかけられている。
小屋に入る前、確認のために攻撃を意識して自分を強く叩いてみたが、それすらも一切の感触が無かった。
万が一、盗賊たちに攻撃されていても、傷付けられなかった筈だ。
(……正直、コレが無かったら怖くて小屋になんか入れなかったな…)
このことは、彼女には内緒だ。
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