勇者の目覚めは胸の谷間で ⑻
手の平同士を向け合う。瞬間、手と手の間に、バチバチと火花を散らす雷が発生した。
小屋中が真っ白に照らされる。
「うおおッ!?」
「焦んな! ただの目くらましだろうが!!」
盗賊の一人が言った通りだ。だが、単なる目くらましで終わりではない。
直後―――窓の外を完全な闇が覆った。
「なッ、なんだ…!?」
一瞬にして訪れた夜に、盗賊たちがどよめく。
いや、闇夜よりもずっと深く濃いだろう。閃光の影響も相俟って、彼らの視界からは完全に光が無くなっている筈だ。
「返せ。今なら命までは取らずにいてやる」
「フッ…ざけんな!! どうせただの弱体化魔法だろうが!!」
盗賊たちは動転はしているものの、戦闘態勢を解く気配は無い。むしろ警戒を強める一方だ。
もちろん、ここで降伏しない展開は織り込み済みだ。この程度の脅しでヘバってもらっては困る。
「なら―――小屋ごと潰して頂こうか!」
俺は再び盗賊たちに手を向け、魔法を次々と繰り出した。
石や小枝、木の葉、脆い氷。盗賊たちをかすめる程度に次々と降らせたり、物音だけを鳴らしてみせる。
もちろん、こんな虚仮威しにもならないような戯れだけでは終わらない。
暫くすると、小屋全体がガタガタと揺れ始めた。
「ウオオ!! 何だ何だ何だ!!!!」
「地震か……!?」
続けて、先程よりも強い風や放水をお見舞いし、部屋中の物と言う物を舞い上がらせた。
容赦なく降り注ぐ風と水の圧、そして大きな揺れに、盗賊たちが続けざまに尻もちをつく。既に床に水が張るほど浸水しているようで、バシャバシャと心地よい水音が小気味よく響いた。
おまけに、彼らの頭上へ向けて、怪我をしない程度の重さの木の板や小石を降らせまくる。方々で「ぐあっ」とか「イテッ」とか情けない声が次々と上がった。
踵の高さまで浸水したところで、不意に揺れが静まる。
そこで唯一の出入り口である背後の扉を蹴り開け、自分は扉から離れた位置に身を潜め、彼らに逃げ道を作ってやる。
「オイお前ら!! 逃げろッ!!」
暗闇に差した一筋の光へ向かって、虫のように飛びつく盗賊たち。
「うおおおッ!?」
外で悲鳴が上がったのを確認してから、俺は机上にあった彼女の私物であろう金貨が入った麻袋を抱えて、大惨事に見舞われた小屋を後にした。
世界はちょうど夜を迎えていた。にも拘わらず、周囲は明るい。完全に光を遮断された後に出ると、月や星の光ですら眩く感じるようだ。
辺りを見回すと、小屋の周囲の木陰がわざとらしく揺れていることに気付く。
目を凝らして見ると、小屋を大蛇が這って囲っているではないか。
そして大蛇が蠢く外界に放たれた盗賊たちはというと、唯一大蛇が阻んでいない道へと逃げていた。
まだ夜空が眩く感じる。目を細めながら、俺は天を仰いだ。
程なくして、巨人の少女の顔が夜空を遮る。
「大丈夫でしたか!?」
窓の外を覆っていた闇と大蛇を抱えながら、俺の顔を覗き込む少女。
杜撰な計画だったが、どうやら成功に終わったようだ。
少女に向かって取り返した麻袋を掲げながら、俺は破顔した。
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