勇者の目覚めは胸の谷間で ⑺

 俺たちが盗賊の拠点を目指し始める頃には、日が傾き始めていた。

 地平線に沈んでゆく夕日が、一際強く輝いている。


 盗賊が拠点にしていたのは、おんぼろの山小屋だった。

 一度、少女が直談判しに行ったことがあるらしい。

 あの場に居た盗賊は五名程度だったと記憶しているが、あの人数での雑魚寝すら出来なさそうな狭さだ。一時的な拠点といったところだろうか。


(……落ち着け、オレ…)


 気合を入れるため、そしてあることの最終確認のために、胸部を強く握りこぶしで叩いてみた。

 一切の痛みを感じない。これならきっと大丈夫だろう。


 それからまた一呼吸入れて、俺は鍵も取り付けられていない粗末な小屋の扉を開いた。

 巨人の少女の無防備さも大概だったが、盗賊たちもなかなかの不用心さだ。

 鈍い音を立てて、扉は呆気なく開いた。


「…あ?」


 中に居た盗賊たちの視線が、一瞬で扉に集まる。

 その中の一人が威圧的に声を漏らすも、扉の先にあった俺の姿に瞠目し、すぐに口を噤んだ。


「お前、さっきの…賞金首……!」


 暫しの沈黙の後、盗賊の中の一人が声を上げる。ただ、先刻ほど取り乱してはいない。

 今なら、多少であれば話し合うことができるかもしれない。


「あの巨人の少女の荷物、返してほしい。でなければ彼女は公的機関に訴えかけるそうだ」


 …とは言ってみたものの、俺はこの世界の事情を知らない。

 そもそも、そういった組織が形成される文化水準なのか。あったとして、窃盗に応じてくれるのだろうか。それも、巨人の少女の。

 盗賊たちの彼女への接し方には、巨人族に対する差別意識があるように見える。それが人間全体に浸透しているかまでは分からないが、もしそうだとしたら、訴えかけても無視される可能性の方が高い。


 案の定、暫くして帰ってきた盗賊たちからの返答は、それを仄めかすようなものだった。


「ハハッ……巨人サマがちっさい人間なんざに物取りに遭ったなんて言って、誰が信じる?」

「それによォ、あのお嬢ちゃんの持ってたカネ、金貨たったの十枚だぜ? たかがこの程度で盗まれた何だって恥ずかしかねェのかね、田舎モンは!」

「体売った方がすぐ稼げるぜ? イイじゃねェか、巨人族の娼婦!」


 最後の一人がそう言った直後、計り合わせたように、全員が口々に聞くに堪えない下劣なジョークを語り出す。

 …彼女を会話の場に混ぜずに正解だった。こんな話、聞かせられない。


 こちらが攻撃してこないことを察してか、盗賊たちの態度が次第に横暴になっていく。

 この元の体の男がどれほどの強者であれ、多勢に無勢と分かれば流石に強気に出るだろう。彼らが小物であれば尚更。

 警告で済むならそうしたかったが、やはりそう簡単にはいかないか。


 この小悪党たちを叩きのめせないことだけが悔やまれる。

 彼女の優しさに感謝してほしいものだ。


「てなわけで、俺たちからの社会勉強はおしまいだ。分かったんなら、今さら正義漢ぶらずにとっとと帰りな、賞金首さんよ」

「…そいつはどうも。良い勉強になったよ―――」


 そう言い終わらぬうちに、手の平を盗賊たちに向けた。

 盗賊たちが咄嗟に身構える。だが、もちろん攻撃はしない。


 魔法で強風を起こし、小屋の中にあった蝋燭の灯を吹き消した。

 周囲を闇が包む。だが、時刻はまだ夕方。窓から差し込む夕日で周囲を目視できる状態だ。


「へっ……ローソク消した程度で何だってんだ」

「賞金首にビビってる俺らじゃねぇぞ…!」


 手探りで武器を持ち出す盗賊たち。だが、まだ手を出してくる気配はない。こちらの出方を伺っているようだ。


「お前達から完全に光を奪える、と言ったら?」

「ンなワケあるか!!」


 流石にまだ余裕が残っているらしい。

 それならばと、俺は間髪入れず次の魔法を発動する。

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