勇者の目覚めは胸の谷間で ⑹

「それより、何か考えはあるんですか……?」


 それから口を閉ざしたまま歩みを進めていると、少女がおずおずと尋ねてきた。


 成り行きで少女を連れ出してしまったが、実はこれといった算段は無い。

 そこで俺は、改めて現状を整理することにした。


「そうだな……」


 所持品。改めてポケットや服の中などを漁ってみるが、塵一つ持ち合わせていなかった。武器になるようなものなど以ての外だ。

 これ以外で、現時点で俺が持っていることといえば―――


(そうだ…魔法。オレ、魔法使いなんだよな……)


 先程の盗賊たちが言っていた。

 どうやら俺は魔術師で、賞金首。らしい。


(魔法…って……どうやったら使えるんだ?)


 試しに、手の平を仰向けにして、火が出るように念じてみる。

 すると、手の上に小さな魔法陣が浮かび上がったと同時に、その中から火の玉が浮かびあがってきた。


 その場で火が灯った…というより、魔法陣を介して他の場所から出現したように見えた。

 そのことに対してほんの少しの疑念を抱くも、少女の上げた歓声に掻き消される。


「すごいです! 初めて魔法見ました!」

「そうなのか…? この世界観で珍しい…」


 世界観?って何ですか?と首を傾げる彼女に対し、咳払いでわざとらしく言葉を濁す。


「巨人って魔法使わないんだな」

「はい。私たち巨人は魔法が使えなくても強いので……魔法は体が弱い種族の文化だと聞いてます」

「そ、そっか……」


 人間に対する若干の蔑視を感じたが、まぁそんな些細なことはどうでもいい。

 それ以上に、自分よりも大仰に驚く少女の反応が面白かったので、俺は次々に魔法を披露してみた。


 火。水。氷。岩。葉。大木。

 思いつく限り、魔法で造り出せそうな物質を次々と生み出し、それを宙に浮かせて見せてみる。

 だが、いずれも手を伏せると、魔法陣と共に消失してしまった。どうやら一時的に呼び出すことしかできないらしい。


(風とか雷とかも出せるかな…?)


 試しに、少女がいない方向へ手を向けて、それらを出すように念じてみる。

 すると、たちまち強風と落雷が発生し、手前にあった木がなぎ倒されていった。

 どうやら、形が無いものも出せるようだ。


「す、すごい…! すごいです!!」


 瞳を爛々と輝かせながら、まるで子供のように喜ぶ少女。

 大きな感嘆の声と拍手が、森の木々を大きく揺らした。…先程の風魔法より強力な気がする…。


(なんか…フツーに魔法使えるし、オレよりこの子のほうが驚いてるし……なんかちょっと拍子抜けだな……)


 気合を入れて使ってみた魔術だったが、造作も無く発動できた上に、体への負担も全く感じられない。

 ある程度は対人戦でも活用できそうな魔法だが、これだけでは少々心許ない。


 ここで、この体の持ち主のことを思い出してみる。

 この体の持ち主である魔術師は、森の中にのさばっている盗賊でも名と顔を知っているような、名の知れた賞金首らしい。

 まさか、この程度の魔法しか扱えないことはあるまい。


(これより強い魔法で、あいつらを蹴散らせば―――)


 そんなことを考えていると、巨人の少女の上下反転した顔が目の前に降りてきた。


「言っておきますけど、暴力はダメですよ!……条例がどう、とかじゃなくて、巨人と人間とじゃ、一方的になっちゃうので…」


 先程の暗い表情はいずこへ。俺を諭す少女の顔が、悲しみの色へと移ろいでゆく。

 その表情で、俺は少女のこれまで経験してきたであろう理不尽を察した。


 賊相手に真摯な少女だ。

 …きっと、今までもこうやって我慢してきたんだろうな。


「やるのが俺だけでもか?」

「それも確か…正当な理由がないと、対人で攻撃魔法を扱うのは禁じられていたはずです。なので向こうから攻撃されない限りは…」

「そうか……」


 この体の持ち主はそれなりに名の知れている賞金首のようだし、俺だけなら罪を重ねても問題ないと思うが…。


「…それに、同じ方法で対抗しちゃったら、結局、相手と同じじゃないですか」


 言わんとしていることは理解できる。但し、暴力に限っては別だ。力に対抗できるものは力しかない。

 それに、無法者相手に人道や法を順守しても、こちらが割を食うだけだ。


 だが、彼女の願いを無為にするわけにもいかない。

 とはいえ、やられっぱなしというのも癪だ。今後、賊が他の旅人に手を出しても困る。


「そうだな…じゃあ、他に何か使えそうなものは残ってないか?」

「冒険用のロープとか、ボロボロになったコートとか…そういうのは流石に盗られませんでしたけど……」


 天蓋のように広く厚い服の裾をひらひらと持ち上げる巨人の少女。

 その中には、人間にはあまりに大きすぎる極太のロープと、着用するにはあまりに硬く分厚いコートが畳まれて入っていた。

 これらとあの短剣以外、何も持ち合わせていないようだ。


 巨人規格のものは持ち帰れなかったのか、はたまた使えないと判断したのか。

 どちらにしても、好都合だ。

 俺はこれらを拝借して、盗賊たちを懲らしめることにした。


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