勇者の目覚めは胸の谷間で ⑽ 終

(そういえば、この子、名前なんなんだろ…)


 この場に女性一人なので少女だ彼女だと呼んでいるが、いい加減不便に感じてきた。


「そういえば、名前、まだ言ってませんでしたね」


 すると、俺の心を読んだかように、本人から自身の名前についての言及があった。

 少女は蹲ったまま、自身の胸に手を当てると、こう名乗った。


「私、ティターニアです。ティタって呼んでください」


 ティターニア。それが彼女の名前らしい。

 巨人に相応しいような、巨人にしては少しこじんまりとしたような。不思議な響きの名前だ。

 ティタは俺の顔を覗き込みながら、こう続ける。


「あなたは?」

「オレか? オレは………」


 改めて名前を尋ねられて、言葉を詰まらせる。


(……しまった。元の名前、なんだっけ……?)


「そっか……記憶が無いんでしたっけ。名前も忘れちゃってるんですね…」


 そうだった。転移以前の記憶を忘れていることをすっかり忘れていた。

 言い淀む俺に、ティタが咄嗟にフォローを入れてくれる。


「じゃあとりあえず……先生、って呼んでおきましょうか」

「先生?」

「今回、奪い返してくれたので……それに、見た目年上っぽいし」

「年上って……」


 水面に映っていたこの男は、若くても二十代半ば、老けていても三十代以内に見える容姿だったが。彼女の年齢はそれよりも下らしい。


「なら、ティタっていくつなんだ?」

「十八歳です。巨人族でいう~とかじゃなくて、普通に人間と同じ年齢換算ですよ」

「へぇ~」


 確かに、身長の大きさを除けば、彼女の容姿は人でいう十代後半の女性のそれだ。

 それにしても、巨人族は十八年でここまで巨大になるのか…? いや、そもそも乳幼児の頃から大きいのか。だとすれば、その時点で既に現段階での俺の身長を超すことになるが。すさまじいな…。


 などと巨人族への興味と疑問を膨らませる俺をそっちのけに、ティタは先程から続いている件を蒸し返してきた。


「それで、お礼なんですが……」

「あー。良いって良いって」


 とは言ったものの…彼女には今後も協力してもらいたい。


 何度も繰り返すが、この世界についての知識が必要だ。

 あとは、巨人族としての武力が欲しい。ただ、この世界の規則上、対人戦は巨人には不可能らしい。何より彼女自身も戦う気は無いようだし、こちらも女性ばかりに無理に戦わせたくはない。

 だが、彼女は存在だけでも十分に周囲への抑止力足りえるだろう。

 せめて森を抜ける間でも良いから、彼女さえ良ければ護衛になってもらいたい……。


 であれば、強いてお礼として挙げるなら―――


「お礼なら、ティタの体だけで十分だよ」


 意に反して、俺の体は分かりやすく口を滑らせた。


「なっ…!?」


 ティタの顔が引きつる。

 それに気付いた俺の表情筋も引きつっていた。



「なにセクハラしてきてんですか! ばか―――ッ!!!!」



 本日三度目。


 俺はまた、空高く宙を舞った。

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