勇者の目覚めは胸の谷間で ⑷

「…なんか分からないけど……あいつらを追っ払ってくださってありがとうございます」


 ばつが悪そうではあったが、少女は律儀に頭を下げてくれた。礼をするときに辞宜をするのは、我々の文化と同じらしい。敵対心や恐怖心といった負の感情は、もうこちらには向けていないようだ。

 それどころか、少し感心したように少女は言葉をこぼした。


「……こういうとき、他の種族はわたしたち巨人族を盾にして隠れるんですけどね…」

「はぁ!? いやいや…女の子一人を盾にするのかよ普通!?」


 その言葉を聞いて、少女は大きな目を更に丸める。

 それから竦めていた肩を下ろして、不意に愛らしく微笑んだ。


「…あなた、記憶が無いっていうのも本当っぽいですし、思ってたほど悪い人じゃないみたいですし……さっきの件はもういいです」


 さっきの件。彼女の胸の谷間で寝入っていたことだろう。

 悪漢との諍いに割って入っただけで許してもらって良いのか疑問だが、ひとまず敵対心が薄れたようで助かった。これなら落ち着いて話ができるだろう。


 だが、少女は再びこちらに背を向け、そのまま踵を返してしまった。


「そちらも身一つみたいですけど……お互い頑張って生きていきましょうね」

「え? ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 慌てて去り行く彼女の背を追いかける。

 巨人の歩幅では、牛歩であっても人間からすればかなりの速度だ。走らないと追いつけない。

 息を切らしながら、遥か上空にある彼女の耳に向かって言葉を投げかける。


「キミ、これからどうするんだ?」

「え?」


 そんなことを訊かれるとは思ってもみなかったらしい。

 素っ頓狂な声を上げてから彼女は立ち止まると、困ったように空を仰いだ。


「王都に入る通行許可証も盗られてますし、帰る場所も無いし……もう、どうしようもないですね」


 自嘲気味に呟く少女。表情は見えなかったが、容易に想像できた。


「帰る場所って……一体どうしたんだ?」

「…追放されました。故郷から」


 短刀を納める金属音が、周囲に鳴り響く。

 その音が止んでから、しばらく森は静寂を保っていた。

 俺は少女に、何の言葉も掛けてやれなかった。


 やがて少女は、その場で再び蹲る。


「わたしもあの盗賊たちと同じ、はぐれものですよ。もう、どこにも行き場なんてない……」


 白い皮膚に食い込むほど、少女は強く膝を抱えていたが、俺にはそれがどうしようもなく無力に見えた。


 脳裏に、一つの非合理的な考えが浮かぶ。

 呆気に取られて開きっぱなしになっていた口からは、思考するより前に言葉が出ていた。


「そこまで困ってる子を放っとけないよ」

「でも…わたしを助けたって、銅貨一枚にもなりませんよ」

「いや。お金ならキミのがある」

「だから、わたしのお金は―――」

「それ、取り返しに行こうぜ」


 その言葉の後、しばらく間が空いてから、「えぇ!?」という砲声のような驚嘆の声が、森の中に響き渡った。

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