勇者の目覚めは胸の谷間で ⑶

「まーだ居たのか、巨人のお嬢ちゃん」


 どこからともなく、いかにも敵役といった感じの声色と口調の声が聞こえてきた。

 声に釣られて、膝に埋ずもれていた巨人の少女が顔を上げる。


 その視線を追ってみると、背後の木陰に、蛮族のような装備を纏った男が三人ほど立っていた。

 手には剣や斧などの武器が握られている。


「あなたたち…この間の盗賊ですね……!」


 やはり、見た目の通り盗賊らしい。巨人のビンタに次いで盗賊の襲撃を食らってしまうとは、つくづく幸先が悪い。


 少女は膝立ちをして男たちに向き直り、威嚇するように睨みつけた。

 しかし彼らはそれを意に介さず、下卑た笑みを浮かべながらこちらへと歩み寄ってくる。少女と言えど、あの大きさの巨人に慄かないとは、見た目の低俗さの割に肝が据わっている。


「盗賊って…人聞きが悪いじゃァねェか。俺らはただ森ン中の落とし物を預かってやってる善良なボランティアだぜ?」

「あれはわたしの荷物です…!」

「それ証明できんのォ? できねぇよなァ??」


 セリフの内容も行いも、典型的な悪役だ。


 話を訊くに、巨人の少女は既にこの盗賊たちの窃盗に遭った後らしい。

 確かに彼女は腰に携えた巨大な短刀とポシェット以外、荷物を持ち合わせていない。森で暮らしているのではないかと思ったが、服装は盗賊たちよりも文明的だった。


 盗賊そっちのけで少女の装備を観察していると、少女が慣れた手つきで件の短刀を鞘から取り出した。

 巨躯のためか、その一挙手一投足だけで強風が起こり、木々が大きくざわめく。


 先程まで涙ぐんでいた巨人の少女は見る影もない。臨戦態勢といった雰囲気だ。

 まさか彼らと戦おうとでも言うのだろうか?


「ちょ、ちょいちょい! 君一人で戦うのか!?」


 先のことを考える間も無く、体が少女と盗賊の間に割って入った。

 しかし彼女はそれを手の甲で押し退ける。


「無理しないでください。わたしのほうが大きいんですから……」


 少女が振り返りざまにこちらを見下ろしながら言うと、盗賊たちを牽制するように短刀を薙ぎ払った。

 巨人が携えれば短剣だが、我々人間からすれば大剣もいいところだ。

 剣と言うより鈍器。あれでは、肉を絶たれるより前に骨を折られる。それ以前に、一振りで即死だろう。


 だが、これでも盗賊たちは怯まない。

 その余裕の理由は、間もなく盗賊本人の口から語られた。


「何してんのォお嬢ちゃん? 死にたいの?」

「はぁ? そりゃそっちのセリフだろ…?」


 うっかり本音を漏らす。

 慌てて口を閉ざすも、盗賊は今の失言をしっかり聞いていたらしい。ご丁寧にも開設を付け加えてくれた。


「お兄さんも知らないの~? そっちのお嬢ちゃんと同じで田舎者なのかな?」

「良いか? 巨人族ってのはな、王都との条例で民間人に手出すと、一般人より重~い罰則が与えられるんだよ」


 成る程。だから余裕綽々だったのか。

 だがそれよりも興味深かったのは、初めて少女ではなくこちらに注目した盗賊たちの反応だった。


 解説役の盗賊の顔が、こちらを視認して暫くしてから―――みるみるうちに青ざめていった。


「おま…その顔……!! まさか賞金首の魔術師か!?」

「はぁ…?」


 そういえば、目を覚ましてから自分の姿を確認していなかったな。

 先程落ちた川の縁に引き返し、膝をついて水面を覗き込む。


 静けさを取り戻した水面に映っていたのは―――かすかに記憶にある転移前の肉体とは似ても似つかない青年の顔だった。


「だ……誰だこいつ!?」


 叫び声で川の水面が大きく揺らぐ。波紋が消えた後も、やはりそこに映る人物は変わらない。


(……もしかして…転移じゃなくて、憑依…か……?)


 それより…ここに来て思いがけない幸運が舞い込んできた。どうやら盗賊たちは自分のことを知っているらしい。

 詳細を尋ねようと顔を上げると……こちらに背を向け、大慌てで逃げ去る盗賊たちの姿がそこにあった。


 盗賊たちに喧騒が連れ去られ、その場を静寂が支配する。

 取り残された少女と二人、顔を見合わせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る