第4話
アキを見たお義母さんは、その姿に目を見張る。そこには、亜希に瓜二つのAIロボット、アキがいた。玄関でお義母さんは崩れ落ち、泣き崩れる。5分ほど泣き崩れたお義母さんを介抱して、何とか居間に連れていく。
亜希の自宅は幼少期に散々遊びに来ており、今更迷うことはない。お義母さんは落ち着いたところからお茶を淹れてAI用の特注茶も用意する。知り合いがAI持ちなので、家の棚に常備しているらしい。
「いやぁ、びっくりしたわよ。まさかこんなにそっくりだったなんて、あ! アキちゃんは初めてよねぇ、初めまして、亜希の母です。よろしくねぇ」
アキは、ぺこりとお辞儀をする。
「初めましてアキです。ご主人様の所で家事手伝いをしています。よろしくお願いします」
その言葉を発するだけでお義母さんは泣きそうになる。雑談もそこそこに、亜希の仏壇へ行く。彼女の好きだった手作りのクッキーを供えて、線香をたく。アキも真似をして、仏壇へ線香を持っていく。その姿や動作を見て、お義母さんは何かを決心したような顔をしていた。仏壇に二人が手を合わせている間に、誰かに電話しているのを横目で見ていた。
お昼ご飯を頂いていると、家のドアが開く音がして、ドタバタと廊下を急ぐ音がする。居間のドアが勢いよく開き、亜希の父が帰ってきた。そしてお義母さんと同じように、アキを目の前にしてお義母さんと同様に崩れ落ちた。
「お義父さん、大丈夫ですか?」
アキの人間保護機能(ヒューマンケアプロトコル)が起動し、ゆっくりと介抱して居間の椅子に座らせた。お義父さんは、お義母さんよりすぐに切り替えて、話をしてきた。
「さっきはすまなかった。アキちゃん、よく来たね。しかしよくまぁ亜希に似ててね、びっくりしたよ」
そう言って笑うお義父さんの横腹を肘でお義母さんが、つんつんと触る。お義父さんは咳ばらいをし、今度は真剣な顔で対面した二人を真っすぐ見る。
「これは真剣な話なんだが…アキちゃん、うちの養子にならないか?」
そう言ってタブレットを操作して、ホログラム洋紙(ホログラムで浮き出る形の契約書、実際の内容はPCやタブレットの画面に表示されている)を出す。内容はAIを養子に取るための誓約書で、お義父さんの名前が責任者の所に記載されていた。実際こうなることを予想していたので戸惑うことはなかったが、亜希が戸惑っていた。
携帯に起動しておいた管理画面には、感情プログラムの”困惑”が走っていた。主人がいるのに別の人間と契約することは、AI的には相反する事のようで、助けを求めてきた。
「ご主人様、私はどうすれば……」
「所有者である君にも意見を聞きたい。どうだろうか」
ホログラム洋紙には、引き取りに際しての、引き取り金額が書いてあった。つまりはここで、AIの売買をしているのと何ら変わりない。お義父さんの目を見て、はっきりと答える。
「洋紙の内容に契約を交わすことはできません。アキはただ買ったわけじゃないし、今まで一緒に生活して僕のそばに寄り添ってくれる存在です。主目的は僕のそばにいてもらう事ですが、生活の手伝いもしてくれています」
そう言うとお義父さんは、スッとタブレットをしまった。
「ただ、ただし週に何回かアキをこの家に出向かせることはできます。それでどうでしょうか? アキに家の中以外の場所を知ってもらう事にもなりますし悪い条件じゃないと思います」
お義父さんとお義母さんは、顔が明るくなり快諾してくれ、再び涙を流していた。夕日を背に、二人は車を見送ってくれた。少なくともバックミラーから消えるまで、二人は手を振っていた。
「二人の提案、アキはどう思った?」
聞くとアキは、しばらく考えてから答えを口にした。
「ご主人様に許可がもらえたら、それを承諾していたと思います。ただ自己判断で、とおっしゃられると回答は困難です……主人主従プログラムと、人認証プログラムの競合で最悪熱暴走を起こす。危険があるという仮想理論で、結果が出ています」
そういうところはやっぱり、人間とは違うようなで、でも言い回しは人間のような……と、思いながら車は自宅へ近づいていく。夕飯の買い物を忘れて、二人でもう一度外出する羽目になるのはもう少し後の事だろう。
車がスーパーの駐車場に入り、エンジンが切れる。
「あーすっかり忘れてたよ。まさか買い物に寄ろうと思ってたのに、アキと話してるうちに頭から抜けちゃってたよ」
頭をかきながら言うと、アキは苦笑しながら喋る。
「ご主人様はそそっかしいですね」
スーパーの扉を、二人で並んでくぐる。真横に”AI反対!”と書かれた横断幕を持った集団を、華麗にスルーする。今は、関係ない。
「今日の晩御飯は何にしましょうか。昨日は、和食なので、洋食などいかがですか?」
アキが食事の提案をしてくれ、それぞれいろんな選択肢を提示してくれる。僕の栄養管理もプログラムされているので、健康体で最近は風も滅多にひかなくなっている。
「んー、そうだな。グラタンがいいな、ポテトグラタンを作ってほしいな」
提案すると真横を通っていたお肉コーナーから、真横にあった厚切りベーコンをつかみ取る。それから世間話をしているうちに、チーズ、牛乳、ジャガイモと玉ねぎを買い物かごに入れた。会計は完全セルフ方式で、アキは初めてにもかかわらず、ピッ、ピッ、と商品をスキャンし、舞バックの中に入れていく。
「お会計、2380日本元です」
機械音声が金額を告げ、僕は財布を取り出し5000元札を入れる。
「おつりは、2620日本元です」
ジャラジャラと小銭と、1000元札が二枚出てくる。それを取り、買い物を終了し、出口に向かう。スーパーを出ると、もう横断幕を持った集団は、いなかった。今度こそ二人は帰路につく。
家に着き、僕が風呂に入っている間に、アキはグラタンとコンソメスープを作る。コンソメはインスタントだが、本場西洋の食品を扱う業者から直輸入した本格スープだ。僕は長風呂で2時間くらい入っていたので、上がるころにはグラタンとコンソメスープのいい匂いがして、思わずよだれが垂れそうになる。食卓にはおいしそうな料理が並び、アキと二人で楽しい夕食を食べた。
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