第8話 大切な妹と償い  ライデル視点

トントントン・・・

静まり返った小屋の中の小さなキッチンに包丁とまな板が当たった音がリズムよく響く。


照明がないこのキッチンは手持ち用のランプがあるとはいえ少し薄暗くどこか落ち着き、考え事をするにはとてもいい環境だ。俺は今料理を作っている相手・・・大切な妹、アリステアの事を1人、考え始めた。




俺の妹であるアリステアは最近記憶喪失になった。

医師いわく、原因は馬から衝突された際の衝撃だろうと言うことで、むしろ命を失わず記憶喪失で済んだ事が奇跡だと医師は言っていた。



俺は小さい頃からアリスとどことなく距離があった。

家族や親しい人のみが呼ぶことのできる愛称で呼んではいたが挨拶をする程度の関係。

アリスとどこかへに行くのだってあの時の一回だけだった。


あの日、馬にぶつかられた時に、俺はアリスのすぐ側にいた。だが、アリスが馬に衝突された時、

俺はあいつを見ているだけだった。助けようと頭では考えたが行動には移せなかった、いや、移さなかった。


血まみれで倒れたアリスを見た時には罪悪感、助けようとしなかった自分への嫌悪感に襲われた。


だからこそ、もう目覚めないかもしれないと言われていたアリスが目覚めた時は物凄く、

それはもう言葉にできないくらいの喜びだった。

いや、もしかしたら殺してしまったかもしれない罪悪感から逃れる事ができると言う喜びだったのかもしれないが、とにかく安心と喜びが一気に溢れ出た。


でもきっと俺はアリスから憎まれるだろう。

貴族の女性は体に一生ものの傷があるなどと知られればとんでもなく不利な立ち位置となる。

なのに彼女の手に一生残ると言う傷をつけてしまったのだから。

だけれど許されなくとも謝って、一生をかけて償おう。そう覚悟していた。なのに・・・



『アリスって誰ですか?』



アリスは記憶を失っていた。俺はとても、自分で思っていたよりもずるかった。

彼女の記憶がない事をいい事に『優しい兄』を演じたのだから。


アリスは素直にそう信じ、『優しい兄』としての俺を慕ってくれた。


だけどアリスは覚えてなくとも俺の罪は消えない。アリスに許されようとも俺の中では消えることはない。




そんな事を考えている間に気がつけば料理も完成し、部屋に運ぶ・・・が部屋にはアリスの姿が見えない。

ふと窓を見ると開いた窓から冷たい夜風が部屋に流れ込んでいる。


さっきまで開いていなかった窓が開いている事、アリスがいない事から嫌な予感が頭をよぎる。

俺は窓から外に出ると馬小屋の馬に跨ると急いで邸へ向かう。


俺の罪は消える事はない。だから俺は『優しい兄』として彼女を守る事で罪を償う。命がある限り・・・

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