忘れていた感情

声をかけてきた人はフジノ・ノエル 


女性にしては長身、赤みのある長髪の女性だ。


商団専属の護衛隊でロングソードを使う。まだ戦闘シーンは見たことないが相当強いらしい。


道中は獰猛な野生動物や盗賊、稀に魔獣と呼ばれる魔石の影響を強く受けた生物が現れるそうだ。


それらの敵から商品を守るために護衛を雇うのが常識となっている。


「以前はノエルさんが面倒を見てらしいですね。」


「私は子供が苦手なんだ。なのにあいつらときたら私と遊ぼう、遊ぼうと迫ってくる。団のみんなは微笑ましい顔をしてくるし大変だったんだ。」


面倒見がよく、ハキハキしているからだろう。子供には人気そうな人だ。


実際今でもたびたび子供たちと遊んでいる場面を見かける。本当に楽しそうにしているから心の奥では楽しんでいるのではないだろうか?


「いいじゃないですか。怖がられるよりいいと思いますよ。」


「なんだと! 私が赤鬼とでも言いたいのか!」


「そんなこと一言も言ってないじゃないですか」


嫉妬だろうか?思い込みだろうか?


なぜかキレだしたノエルさんが握りこぶしを掲げて向かってきたので逃げ回ることになった。

その後、いつも通り夕食を終え自分のテントへ戻る。


一人の時間になってから、一番興味を引いている物は、商団の手伝いで稼いだお金で買った、高純度の光と火の魔石だ。


魔石の中でもかなりの数が流通していて、高純度ではあるが手に入れやすいものだった。


二つとも使い方はわかりやすい。光の魔石は握ってこの石に集中すると光る。

この魔石を知った時、本当にそんなことで光るのかと疑ったがやってみると、体から’何か’が抜け出す感覚と共に魔石が強く光りはじめたのだ。


この時はものすごく興奮したものだ。


火の魔石は魔石自体がだんだん熱くなっていく。もちろんそのまま持っていたら火傷をしてしまうので、火ばさみ等に持ち替えて燃料に触れさせると火が起こるというものだ。


まるで着火剤のような働きをしている。


引き起こす物理現象は、魔石を使用している人によって個人差があり、全く使えない人もいれば特定の魔石なら使えるという人もいる。


低級ならどんな魔石でも大抵の人が使えるので、生活の中で魔石の使用に困ることは無い。


俺は光の魔石は結構使えるが、火の魔石は低純度では温まるまでに時間がかかり、長い時間をかけて火をつける。高純度ならばそこそこ火を起こせる。


今日は光の魔石。これは純度が低い物は生活の中で光源として使われている。魔石ランプという名前だ。


鉱山の比較的浅い表面からとれるらしい。それのおかげか魔石の中で一番安い。


見た目は淡い青色をしているが長年使っているとくすんでしまい、最後にはボロボロに崩れてしまう。

くすんでしまうと使えない。


ところで元の世界では電気を使って光を作り出していた。更に光とは電気の一種だ。


仮に、魔石が電球と似たような仕組みなら、光は発生しているとき、魔石の中に電気が流れているということだ。


人が集中してイメージするだけで電気が流れるなんてどういう仕組みなんだ。


エネルギーはどのように確保しているのか。それに体から抜けるこの変な感覚は・・・


うーーむ・・・・


未熟ながらも大学で研究活動をしていた者として、未知への好奇心が止まらない。


きっと何かが電圧の代わりになっているはず、それがこの世界の能力なのか、この石が特別なのか謎は深まるばかりだ。


現状のままでは調べようにも、道具や他の知識がないから難しい。


でも今の商団の移動ペースなら、明日には大きい街に入る。


そこは交易が盛んな街なので、ここで有力な情報を得られるかもしれない。


次の日、小高い草木で視界が悪い道を通っていた。ここを抜けると開けた土地に出るらしい。どうしてこう晴れているのに閉塞感を感じるのだろうか・・・


それは突然の事だった。


背の高い草が揺れ、音がする方へ自然と目を向けると大きな生物がいた。それはそれは大きな生物だった。

太い豚鼻に短く太い脚に短い体毛が全身を覆っている。小さい牙もあるようだ。


イノシシなのだろうか?魔石があるような異世界だからこんな生物もいるのかと思ってしまった。


知らなかったのだ。そいつがどんなに危険なヤツかってことを


「亜獣だ!」


誰かがそう叫んだ。


だが、俺が反応するよりも早く、亜獣は一つの荷台を吹き飛ばした。

荷台はすり潰されたように二つに割れ、3メートルは吹き飛んだ。


1トン以上ある荷台が!


これは魔獣!?


今更になって明らかに他の生物と違う事を認識する。


よく見てみると体の一部。前脚の部分だけが異常に膨張し、お腹からは魔石が突き出している。


「何ボヤっとしてる! 早く後ろに下がれ、荷台を押してここから離れろ!」


ノエルにそう言われながら肩を強く引かれた。


気を取り直して、荷台を押しながら走り出す。


後ろで亜獣が吠える 空気が揺れて見えるような爆音だ。みんな顔を青くしながら、荷台を押していく。子供たちは荷台の上で縮こまっている。


イノシシ型の亜獣が体を少し沈みこませるとドンッ!という鈍い音と、共に荷台に向かって突っ込んできた。


しかし、いつの間にか展開していた、護衛隊は数人が固まって大盾で受け止める。


亜獣の動きを止める事に成功したが、相当力は強いようで亜獣はそのまま数人を押し続けた。


護衛隊はゆっくりと押されていく。


動きを遅くしたところで控えていた、他の護衛たちが一気に攻撃を仕掛けた。数人の兵士が全力で斬りかかった。


亜獣は傷つけられて大きく吠える。一度引き下がり、また突進してきた。


「なんだ!?あれで倒れないのか!」


普通の生物なら倒せるほど、切りつけているのに!俺は驚いて思わず声を上げてしまった。


護衛隊が頑張ってくれているおかげで、ある程度離れることができた。


周りが見渡せる場所で俺の疑問に上司のユーリは答えてくれた。


「魔獣は他の生物と違う。体に生えている魔石が原因なのか、異常な身体能力を持っている。あれはその中でも魔石の影響が少ない個体。詳細な区別はないが、亜獣なんて呼ばれている。」


あれで、影響が少ない個体なのか!?

ユーリは続けて説明してくれる。


「出会ったら逃げるか、複数人で攻撃を続けるしかない。俺たちは大きい団だから、強い護衛を用意できる。もし護衛隊や戦える者がいなかったらまず殺される。いいか!出会ったら逃げろ。」


護衛たちは見事に連携のとれた立ち回りで、亜獣を攻撃していく。

しかし少しずつであるが疲れが出てきた。


動きを抑える護衛たちがどんどん押されている。

ああ! 


数人が吹き飛ばされた。しかしその一瞬の隙をついてカウンターを仕掛けた。


ノエルが華麗な身のこなしで空中へ飛び上がり、亜獣に肉薄する。


そして亜獣の目に一閃を与えた。光を失った亜獣はわけもわからず近く木に当たった。


続けて足に縄をかけ、動けなくする。


ノエルが再び、ものすごいスピードで接近し脳天を貫きとどめを刺した。


護衛たちはみな息を切らしている。けがをした者もいるようだ。


俺は初めて見た亜獣に恐怖で立ち尽くすしか無かった。


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