始めはお勉強でした

騒がしい音がする。人がドタドタと移動する音だったり何かを運んでいるような音だ。


目を開くと、二人の子供がこちらを覗いていた。


ここはどこかの屋内のようだ。


体が重く、うまく動かせなかった。


何とか手を動かし、小さい声を上げた。

すると子供たちは、びっくりしてどこかへ走って行ってしまった。


しばらく寝ていると初老のおじさんがやってきた。


白髪が混じり始めているが、ガタイがよく、まるで軍人のようだ。やはり体を動かすことはできず、首を傾けるのが精いっぱいだった。


そのおじさんは俺が寝ている横に座る。

すると何か言っているようだ。


「お前さん・・・迷い人・・・」

聞き取りづらいが日本語のような言葉をしゃべっていて、まるで方言を聞いているみたいだ。


俺はこれまでにあったことを何とか伝えようと口を開くが、相手もこちらの言葉を聞きとれないようだ。


だけど近い言語だとわかってくれたみたいで、何とか聞き取ろうとしてくれる。だけどこのままでは一向にコミュニケーションが取れない。


隣に所持品が置いてあることに気づいた。あの中に入っている文房具を使えば絵を描いて伝えられるかもしれない。


何かを感じ取ったおじさんはお手伝いの者を呼び、俺の体を支えてくれた。何とか文房具を取り出し、簡単な絵を描いていく。


大学の授業でスケッチの練習をしていたおかげで、意図を伝えるだけの画力は得られていると信じたい。


どうやら意図は伝わったようだ。この絵を見たおじさんは同じく簡単な絵を使って説明してくれた。


どうやら彼らは旅をして物品を取引する商団のようだ。森の通り道で俺が倒れているところを見つけ、治療をしてくれたとのことだ。


後から分かったことだが、あの森で彷徨う人は多く、道中で倒れている人がいて、生きている場合はどのような人でも救出する事が暗黙の了解らしい。


そうしないと死肉を食べる獰猛な獣が道をうろつくようになるから、例えどのようなパターンでも対処するそうだ。

また俺のようにこの森で放浪している人の事を迷い人と呼ぶらしい。


こっちの世界に飛ばされた人は多くはないが伝承には残っており、俺の説明が有名な伝承に似ていたらしい。そんな迷い人がよく出現することで有名な森なんだそうだ。


その後、手厚い治療を受け順調に回復していき、自分の力で立ち上がって行動できるようになった。同時に治療を受けている間、いろいろなことを考えたり、元の世界の事を思っていた。まさか本当に異世界に来るとは・・・


「タロウ君、具合はどうだ?」

幸いにも、言語の話し方や発音の仕方が非常に似ていた。おかげで簡単な会話ならすぐに習得することができた。しかし文字の形はかなり異なっていたので何とか覚える必要がある。


昔読んだ本や、漫画などでつけた知識を総動員し、学習に当たっている。


今声をかけてくれた人はスズキ・ジャック

目が覚めた時、色々教えてくれたおじさんで、この商団の団長だ。


この商団には妙に和名の苗字が多い。不思議に思い、色々な人に質問してみたが理由は分からなかった。なんでも特に変わった苗字という事ではなく普通のことで気にしたことは無かったらしい。


ちなみに俺を覗いていた子供たちは、シバタ・エリーとマイクこの商団の双子の子供たちで一番下の年齢らしい。


エリーはくせ毛のブロンドで目が青い

マイクは黒目で短い黒髪の子だ。


「はい。 とてもよくなっています。食事もありがとうございます。」


「それはよかった。迷い人は亡くなる人も多いからな。回復してよかった。・・・さてお前さんはこの後どうする気でいる?」


これは治療されている間ずっと考えていたことだ。


今のまま一人旅をしても、また行き倒れるだけだ。元の世界に変える方法もわからない。それだったら・・・・


「どうか、この商団で働かせてもらえないでしょうか。どんな仕事でも頑張ります。」


「うむ。 そう言ってもらえると嬉しい。ちょうど若い男手が他の村に嫁いでしまってな、人手が足りてなかったのだ。そういうことでこれからよろしく頼む。」


案外、簡単に雇ってもらえて、そんなんでいいのかと思わないでもないが、今は渡りに船という事で体よく納得した。


その日から、荷物運びに掃除、街に入れば商品販売、仕入れなど今までの人生でやったことの無いことをこなし、その傍らこの世界でのルールや文化そして言葉を学んだ。


特にきつかったのは乗馬だ。どうやら悲しいくらいにセンスがなく、馬との呼吸が合わず、いつも一苦労している。他にも仕事はものすごく大変だったけど文句を言っている暇もないので馬車馬のように働いた。


~6か月後~


「タロウ、荷物しまったら今日は終わりでいいぞ。夕食まで自由時間な」


この人はシバタ・ユーリ、エリーとマイクの父親だ。


俺はなぜか子供たちになつかれ、よく遊んでいたら、この人が直属の上司みたいになった。


マイクと似て黒髪で短髪だ27歳らしい。少し言葉足らずなところがあるが、とてもやさしい方だ。


商団のみんなは俺の事を詳しく聞かないで快く受け入れてくれた。都合がいいとは思ったが便乗して記憶が曖昧になっていることにした。


仕事を終えて、自分用にもらった小さいテントに入る。


いつもはその日学んだことや、元の世界に関する調査をまとめているのだが、つい先日大変、興味深い物を発見した。


リュックから、ある鉱物を取り出す。


名前は魔鉱石、略して魔石と呼ばれている。この世界における燃料や電気に値するものだ。


最大のポイント!

それは、仕組みは分からないけど、石に触れて様々なイメージを魔石に送るように集中すると魔石自身が光ったり、熱を持ったりする。


まるでアニメやゲームでよく見る魔法みたいだ。


魔石は純度による分類がある。


高純度の物は非常に高価だが、能力も高い。低純度は安価で大量に産出するが、寿命が短く、出力も弱い。魔石を使い続けると、全身に強い疲労感を引き起こすが、これも純度の違いがあり、低純度の方が疲れやすくなっている。


異世界に飛ばされて死ぬかと思ったし、しばらく商団を観察していると文明レベルがそんなに高くないことが分かり、不安が大きくなったが、こんな摩訶不思議な物があったなんて初めて知ったときは驚きと興奮したことを覚えている。


ここ最近は魔石の性質を調べて夜が終わってしまう。もともと理科が好きな俺には、こういった物は面白くてたまらない。


「タロウおにいちゃん。また石とにらめっこしているの?本読んでー」


いつの間にかテントの中に入ってきていたエリーが服を引っ張ってくる。エリーは文字を読むことはできないが、本が好きなようだ。自分の勉強にもなるので、せがまれると率先して読んであげていたら、ここ最近はよく頼まれるようになった。


しばらく読んでやると飽きて遊びに行ってしまうので適当に読んでやっている。ちなみに本は印刷技術が発展していないみたいで、非常に高価だ。固めの羊皮紙に手書きで書かれた文章がほとんどである。


絵本みたいな幼児むけの本は、もちろん無い。


今から読む本もエリーの持ち物ではなく商品の本を汚さないように読んでいる。


今、読んでいる本はどこか地方で語られる言い伝えを、文章にしたものだ。竜は街を破壊して回るが数人の男女が討伐に挑み竜を収めるという物語のようだ。


「ねぇねぇ この女の人は最後に光っているのなんでー?」


「本には聖なる巫女が正義の光を発生させ、悪なる竜をうち滅ぼした。後には大きく窪んだ台地が残り、いつしか湖になった。って書いてあるな」


「その人はどうなったの?」


「どうなったんだろうね? 続きには周辺の村が復興し、さらに大きく発展したことが記されているみたいだね。」


エリーは満足していないみたいだ。

「やっぱり最後は勇者みたいな人と結婚して幸せに暮らしたと思うぞ。」


物語にはなかったが満足してもらうために無理やり付け足してしまった。思惑通り満足してもらえたようだ。


やっぱりこの年代にはシンデレラストーリーは受けがいい。


「やぁ 子守りは大変だな。タロウ青年」


俺が動けるようになってからよく聞く声がした。

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